ありがちなデイ・ドリーム

作品集: 最新 投稿日時: 2010/03/20 23:59:13 更新日時: 2010/03/20 23:59:13 評価: 14/14 POINT: 82 SPPOINT: 73 Rate: 1.43




 わかった、君の言うことはよく分かったから、落ち着きたまえ、話を整理しよう。いいから、一度僕の話を聞くんだ。間違いがないかの確認のためにもね。水でも飲んで落ち着きたまえ。

 つまり君は、天国を見たというんだね。ーー何、楽園? この際どちらでも構わないと思うのだけど……君がそれで満足するならば、その言葉を使うがよかろう。楽園ね、楽園。ユートピア。蓬莱。エデン。エリュシオン。まあ、何でもいい。要するに、君の見た光景というのは、そういう言葉で表現されるだろう。そういう言葉で表現される程度には、陳腐だな。
 いや、馬鹿にしているんじゃない。
 僕はね、君の目を覚まさせる役目を負っているんだよ。だから、君のためなら冷や水も浴びせるさ。いいか、僕は君の味方だ、そこだけは間違ってもらっちゃ困る。その上で……もう一度言う。君の話す光景はまるで僕の想像する天国やらなんやらと似通いすぎて、ね。ああ、うん、スーパーエゴ……要するに人類が共通して持つ無意識の集合体、そんなところを源としている幻想なのかもしれんがね。

 だってだよ、今時、ひまわりが一面に咲く畑だとか、小高い丘から向こうまで広がる緑のパノラマだとか……ねえ、甘酸っぱい青春映画くらいでしかお目にかかれない程度には、レトロだねぇ。――何、竹林? 天然の? そんなものまで見たのかい。おいおい、よしてくれ。

 そんなもの、神亀の遷都より前に滅んだだろう?

 想像力が豊かだね、君は。目にしたことがないものを想像するというのは並大抵のことじゃない。あの、夢というやつだって、記憶の断片のつなぎ合わせにしか過ぎないんだよ。あるいは……古い学説だけど、何らかの欲望の抑圧の象徴だとかね。まあ、あの学派は今でも生き延びて色々やっているようだがね。確かに説得力のある話もあるんだ、あの学派にも。そうだ、試しに君にもそれをあてはめてやろうか。

 君が見た女性。それはきっと母親の象徴だね。とても美しかったんだろう? ひまわりに囲まれて、日傘を差して。フム、男性は最初に母親に恋をするそうだよ、エディプス・コンプレックス。まあ、それはいい。そして、どうしたんだったけ? ――君の方に振り返ると、微笑んできた。なるほど。君は安らぎをおぼえたのかな? ――うん? 背筋が凍った? それはまた。何か、昔母親にされたのかい?
 それに、そこに天使がいたんだろう? 純白の衣装をまとって、翼が生えていて。輝くような笑顔で、花びらを振りまいている。ははは、いかにもな天使様じゃないか。じゃあ、そうだな、それは解放願望の象徴、ってことでどうだい。翼。天国への上昇。君は母親へのトラウマを心の底に抱いていて、そこからの解放を望んでいる。周りがひまわりに囲まれているというのは……花は女性器の隠喩とされることが多いからね、つまり――いや、いや、申し訳ない。少々話が下世話になりすぎたね。

 そろそろ、僕の言っていることも了解してくれてるだろう、頭脳明晰な君のことだからね。僕が言いたいのは、つまりそういうことだ。

 君が見たのは、夢か、幻覚か、何かだろう。

 だって、今の日本にそんな場所はどこにもないよ。そもそも、天使なんているわけがない。子供じゃないんだしそのくらいわかるだろう? ウン、キノコだらけの森……霧のかかる湖……さっき言った、竹林。まあ、色々豊かに想像したようだけれど、実在しないものを実在するとは、僕は言えない。科学者としてね。仮定と実証の繰り返しだけが、僕のような科学者に信用できることさ。

 ――何、音を聞いた? がなるような妖怪の歌。ほう。かしましい演奏。正体不明の不気味な鳴き声……なるほど。でもね、音が君の認識の正しさを保証はしてくれないよ。幻聴、って言葉だってあるじゃないか。

 まったく、強情だね。ああ、なんだか君のような人物の手記、という体裁をとった小説を僕は読んだことがあるよ。芥川某の小説だ。――内容かい? ……いや、忘れちゃったな。気が向いたら読んでみるといい。例のネットワークに文学作品のデータバンクだってあるよ。ああ、柳田翁の話も読んでみるといい。僕はこう見えて文学にも興味があるんだ。だから、君の話は、物語として非常に面白く聴かせてもらったんだよ。

 ――フム。まだ、君の見たのは現実だというのかい。

 やれやれ、最近は現実と虚構をこんぐらせちゃう人が後を絶たないな。僕の仕事も増える一方だ……ウン。
 これは冗談で聞くんだけどさ、君、薬なんてやってないよね? そう、クスリ。あやしいやつをキめちゃって見た幻覚だった、なんて。

 ――え? あるのかい?

 なんだ、それなら、ちゃんと専門の診療科があるから、そちらに行きたまえよ、僕が紹介状を書いてあげよう。やれやれ、それを早く言ってくれれば、お互い手間が省けたんだよ。

 ――ん? 何、それがその薬? ほう。

 あまり見たことない見た目をしているね。――ふうん。興味深い。へぇ、名前もあるのか。

 胡蝶夢丸。ほう、洒落ている。どこで手に入れたんだい?

 ――何、楽園?



夢で逢いましょう。
つくし
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最新
投稿日時:
2010/03/20 23:59:13
更新日時:
2010/03/20 23:59:13
評価:
14/14
POINT:
82
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73
Rate:
1.43
1. 通常ポイント6点 お題ポイント4 ■2010/03/21 07:02:00
短いけど、いい感じで薀蓄が語られている話だと思いました。
胡蝶夢丸は洒落た名前だよなぁ。そんな名前のドラッグが現実世界にあったら、溺れてしまうかも知れない。

いや、無いけど。
2. 通常ポイント9点 お題ポイント8 すっとこどっこい ■2010/03/21 13:53:02
読みましたので感想を。

読んでいるのに作品の中にいるような、錯覚を覚えるものでした。
まるで芥川さんのとある作品を読んでいるようでした。個人的にはこのような作風は書くのが難しいと思います。
お題にかんしても中々トリッキーな感じがしました。なるほど、「くすり」と言うのはそういった捉え方もあるんですね。「きみ」の使い方も素直に驚きです。

いろいろと勉強になる、自分としてはレベルの高い作品でした。
3. 通常ポイント7点 お題ポイント6 yunta ■2010/03/21 17:23:04
執筆お疲れ様でした。原作内に出てくるワードが散りばめられていて面白いです。
お題でしっかりオチているので短編ながらも、まとまりがあって良いですね。
4. 通常ポイント6点 お題ポイント6 じろー ■2010/03/25 03:34:37
少し淡々としているので、もう少しひねりを入れてもよかったと思います。構成的には、第三者が語るのみなので、難しいかとは思いますが。

夢とつなげて、胡蝶夢丸にオチるのはなかなか瀟洒でした。
5. 通常ポイント5点 お題ポイント5 ワタシ ■2010/03/28 03:02:30
東方全体を俯瞰したショートショートとして、さらりと読める物でした。
6. 通常ポイント3点 お題ポイント3 八重結界 ■2010/04/02 17:26:53
どこか物足りなさを感じました。
7. 通常ポイント3点 お題ポイント3 ぶるり ■2010/04/02 18:00:39
ごめんなさい、正直解釈不能でした。
もうちょっと読み込む時間があれば……
8. 通常ポイント7点 お題ポイント3 静かな部屋 ■2010/04/02 21:07:33
【内容のこと】
 いざ!夢の世界へ!
 いいなあ。うらやましい。
あれですね、何年後か知りませんが、はるかな未来にも、幻想郷は確かに存在していて、健在である。それだけで、もうね、なんだか、救われたというか、何かが報われたような気分になります。
文章も、読みやすく、一人の人間が話している描写しかされていないにもかかわらず、情景が浮かび上がってくるような文でした。
【お題のこと】
 「きみ」も「くすり」も「音」も、一部にしか出てきていないのが残念でした。
9. 通常ポイント4点 お題ポイント6 飛び入り魚 ■2010/04/02 21:32:29
 「きみ」がお題と聞いて、こういった語りかける形式のものを待っていました。
 語り口が巧く、ゆったりと知的な気分で読み進めることができます。
 その分、大きなオチがあると最高でした。
 一つ、スーパーエゴについての解釈がどうもしっくりきません。
 イドならすんなり飲み込めるのですが、どうでしょう。
10. 通常ポイント5点 お題ポイント6 時計屋 ■2010/04/02 22:59:20
ありがち、ということはそれだけ多くの人の願望だということなのでしょうか。
確かに天国や楽園の描写って意外と俗っぽいですねえ。
11. 通常ポイント4点 お題ポイント4 K.M ■2010/04/02 23:20:51
お題ではなく内容が変化球な感じに思えましたが、面白かったです。
12. 通常ポイント6点 お題ポイント4 文鎮 ■2010/04/02 23:23:02
少し気取った聞き手が最後で驚く。いいじゃないですか、このテンポは素敵です。
ただし、胡蝶夢丸は妖怪用らしいので、人間が服用すると危険かもしれません。
13. 通常ポイント8点 お題ポイント7 ねじ巻き式ウーパールーパー ■2010/04/02 23:47:34
内容について:
オリキャラの語りの中に見えるキャラ立ちといいましょうか、一切外見描写のない「彼」の表情であったり声色であったりが自然に見えてきたのです。見事な手腕だと感じました。
文章も蘊蓄、知性、そして些かの嫌味ったらしさ、そういったものを存分に感じさせながらも重くなりすぎず、可読性に優れたそれであったと思います。堪能させていただきました。
ところで「いかにもな天使様」ってもしかして、幻月姉さんなのでしょうか!? だとしたら歓喜します。

お題について:
【くすり】3点。話の要であり減点する要素はありません。
【きみ】2点。難しいお題であったと思いますが、人称代名詞「君」で無難にクリアしたと判断します。
【音】2点。「がなるような妖怪の歌〜」の部分でしょうか。本筋とか関わらないものの効果的な雰囲気の補強と判断しこの点数で。
14. 通常ポイント9点 お題ポイント8 Ministery ■2010/04/02 23:55:50
シュレディンガーの猫は箱の中。
愉快痛快。面白かったです。
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