君の周りの波を数え、波の形を抜き出す私のフーリエ

作品集: 最新 投稿日時: 2010/03/20 23:32:54 更新日時: 2010/03/20 23:32:54 評価: 11/11 POINT: 60 SPPOINT: 35 Rate: 1.42
 日頃、気がつかないものであり、気がつく頃にはもう遅い。
 今昔、流行病というのはそういうものであり、この度もそうなっている。
 死に至らしめる、というほどではないにしろ、熱や喉の痛みなど相応の苦しみを伴う厄介さ。
 もちろん、運が悪ければ熱に浮かされたまま浄土へのご招待なのも、いつも通りである。

 人呼んで、風邪を引くこと。妖呼んで、風邪の神が部屋に住み着くこと。

 もっとも、流行になるほど多くの人間が掛かる場合は、風邪の神が部屋に住み着く訳ではない。
 後者ならば単純な対処法があり、部屋でするめを焼くだけで「嫌いな匂いだ」と逃げ出す。
 それは良く知られている。幻想郷では風邪が流行ると乾物屋が儲かるという言葉もあるぐらいだ。
 しかし、流行になるほどとなると、それでは治らない。これはあまり知られていない。
 前者――多くの人間に流行るということは、また別のことなのだ。

「でね、多くの人間に風邪が流行るっていうのはね、面白いものなのよ?」
「なにが?」
 興味もなさそうな素振りではあるが、一応霊夢から相槌が打たれる。
「風邪の神も風邪を引くのよ。じつは。人間達はその風邪の神がまき散らした風邪を移されているのよ」
「紫は相変わらず胡散臭い話をするわね……」
 あら、私をなんだと思っているのかしら、この子は。
「ほんとだって。どてらを着て、咳き込む風邪の神を最近見かけたもの」
「ふうん。まだ秋なのにどてら? 寒がりなだけじゃない?」
「だから風邪を引いているのよ。そういう訳だから、気をつけなさい。その格好ではそろそろ寒いわ」
「ここ何年も風邪なんて引いたことないわよ。大丈夫だって」
「そう? じゃあ良いけど。そういえば、風邪の神が振りまく風邪は体内に住み着くからするめが効かないの」
「するめを食べても治らないの? こんなに美味しいのに」
 それだけ言って、霊夢はちぎったするめを口に運ぶ。
「全部は出て行かないのよ。それに人に入るのは簡単でも出て行くのは難しいの」
「へえ。なんか監獄みたいね」
「それなら意外と住みやすいのかしら?」

 という話を(するめを肴に酒を飲みつつ)したのが昨日。
 その時は笑っていた霊夢が、今は目の前で息も絶え絶えに寝込んでいる。

「あらあら、あんなに豪語していたのにね。いくらなんでも昨日の今日よ?」
「のどいたいからあまりしゃべりたくない」
 咳混じりにそう訴えられてしまった。
 少し気に掛かることがあって、神社に寄ってみればこの有様である。
「完璧に風邪みたいね。熱はあるの?」
「あつい」
「熱もあると。薬を貰いに行く? 付き合うわよ」
「いい」
「……面倒なのね」
「かぜはねてればなおる」
 確かにそれは道理だった。風邪は薬に頼らずとも自然治癒するものだ。
 だが、道理は所詮道理。万が一ということもあるかもしれない。
「だからかえれ。それにうつる」
「人間の風邪なんて移らないわよ。だから、看病してあげる」
「かえれ。いみがわからん」
 自分の好意が身も蓋もなく突き返されるとショックを受ける。
「気まぐれよ。いつもどおりのね」
 しかし、そこで諦めるという思想は私の中にはない。
「か、え、れ」
 霊夢もまた、こんなので諦めたりはしない。
 もう少し、言葉を選んでみることにした。
「冗談よ。心配なのよ、本音を言うけど」
 これには声でなく、咳が返ってきた。
「ほらほら、あまり無理しちゃいけないわ。大丈夫、普通に看病してあげるから」
「……すきにしてよ」
 諦めた顔と掠れた声で、霊夢は渋々承諾してくれた。

「なにをされたい?」と問うてみたら「あせがきもちわるいと」と答えられた。
 それぐらいならお安い御用と清拭をさくりと済ませ、失った分を補うべく水を飲ませる。
 すると気分が楽になったのか、霊夢はすぐに眠ってしまった。
 いつ起き出すかはわからないが、しばらくしてその間に他の支度を済ませる思考に至る。
 清拭を済ませた時点で、すり下ろしたリンゴかしょうが湯でも、と思っていた。
 しかし、睡眠に即時移行されてしまい、今すぐに行うのは無理と相成った。
 寝た子を起こしてまですることでもなし。
 それに空き時間があるのなら、その間にそれらよりも手間のかかるものを作ることにしようと決めた。
 風邪を引いた人間には梅粥を食べさせるのが世の習わし。
 よその台所を借りて作った経験はないが、手間もかかるものではない。
 必要なのは時間だけ。すきまから五分づきの米と梅干しを取りだし、水を加え、鍋でことことと煮る。
 出来上がったら火を止め、あとは霊夢が起き出すまで放っておく。起きた際に、軽く温め直せばいい。

 他、額に水で絞った手拭いをかけるなど一通りのことを終えると、暇になった。
 仕方がないので、しばし他にやるべきことを考える。
 そういえば、日が暮れてから部屋は寒さを増し、その上やや乾燥している。
 今度はすきまからストーブを出してつけ、水を入れたやかんをその上に置く。
 吹き出す湯気が適度な湿度を保つ。喉にも優しい。快適な環境へ整備完了。
 ……これで、すっかりやることがなくなってしまった。
 香霖堂の主人と物々交換して手に入れた音楽プレーヤーを取り出し、私もしばし休憩することにした。

 アルバムが折り返しへ差し掛かる頃、霊夢は起きた。
「……まだいたの」
「食欲はある? なくても食べてはもらうけど、梅粥」
「おかゆ?」
「そ。手作りよ。火にかけただけだけど」
「たべる」
 起き上がるのを手伝い、さじと小皿に装った梅粥を手渡す。
「いただきます」
「どうぞ召し上がれ」
 もそもそとさじを動かし、口に運ぶのを眺める。
 まだ食欲はあるようだった。思ったよりも量が減っていく。
 結局、半分ほど食したところで、霊夢はさじを置いた。
「おいしかった。ありがとう」
「どういたしまして」
「ねる」
 言って、また眠りにつく。
 どうも浅い眠りの繰り返しのようだ。
 疲れが取れているか心配になる。
 この分だとまた起き出しそうではある。

 そして、一刻半後にまた目を覚ました。
 今度は身体を起こすのも億劫なようで、視線だけが私へ向けられる。
「卵酒でも飲む? 少しね」
「……のむ」
 返事を聞き、いそいそと台所に向かう。
 漉した卵に砂糖、さらに燗した日本酒をゆっくりと加え、それを湯飲みに注ぐ。
「ま、こんなところでしょ」
 部屋へ戻ると、やはり身体を起こしてはおらず、介助をする。
「身体起こすの手伝うわ」
「ん」
「はい、熱いから気をつけて」
「ん」
 ゆっくりと時間をかけて、霊夢は卵酒を飲み干した。

 先程よりも口数は少ない。
 荒い息。震える肩。熱を帯びたまばたきと共に繰り返されるそれら。
 胡乱な視線は布団の上で止まっている。
 空白。そして一拍。
 咳、静かに響き、また静寂籠もる。

「寝なさい。疲れるわよ」
「……ん」

 手で背中を支え、霊夢を横にする。
 されるがままに横になった霊夢は、しばらくこちらを見てから瞼を閉じた。
 しばらくすると軽い寝息が聞こえてきた。

 今の内にと空気の入れ換えをする。
 雨戸を開くとひんやりとした空気が入り込み、見ればすっかり夜帳が降りていた。
 見立てるなら、空の食卓には檸檬、粉砂糖に綿飴が並んでいる。
 まるで妻が夫に対して底知れぬ文句を抱えている家庭の食卓模様のようだ。
「明日は晴れそうね」
 あまり長く開けるものでもないので、五分ほどで雨戸を閉めた。

 しゅんしゅんとやかんが湯気を上げる中、霊夢の横に腰を下ろす。
 呼吸は乱れなく、一定の規則を持って私の耳に届く。
 ――元より、ここまで心配するものではないとわかってはいる。
 やや乱れている布団をかけ直し、温くなった手拭いをまた水で絞って額にかける。
 ――遊び相手がいなくなるのはあまり好きではない。
 なんとなしに、寝顔を眺めてみる。特に異常は見られない。
 ――結局、私は私の為に霊夢を看病しているだけ。
「そう言った方が納得したかしら? 今更、言い方を訂正する気にはなれないけど」
 人間はどこまでいっても人間だから、心配になるのは本当だし。
「私は霊夢と波形が噛み合っていると思っているけれど、周波数はどうかしらね」
 そんな頭に浮かんだ、どうでもいい考えを口に出して、また少し時が経つ。

 すきまから取り出した別の本を読んでいると、突如、霊夢が激しく咳き込む音が耳に響く。
「霊夢、大丈夫?」
 苦しそうな彼女の様子にやや動揺してしまう。
 そう思わなくても良いのに、そう酷い事になる訳がないのに。
 不安に駆られた私は、彼女の苦しむ一挙一動に振動させられている。
「はい、ここに吐いて。あと、お水」
「ありがとう」
 痰を吐き出し、少々の水を飲み干すと、霊夢は何度目かの眠りについた。
 私もまた安堵する。ただ、本を読む気分ではなくなってしまった。
 仕方がないので、また考え事をする。

 最初はあまり興味を持っていなかった。それこそ博霊の巫女が新しくなった、という程度。
 しかし、近頃の私はどうもこの少女を好ましく思っているようだ。
 異変解決に役立つ、などの打算は抜きにしても、大事になっている……ようだ。
 今、こういう状況だからこそと言うべきか、それを再認識した。
「そういえば、この子と会ってから、久しぶりに人間とお酒を飲むようになったわね」
 記憶を手繰るには、人と酒を酌み交わした記憶はあまりに遠き過去。
「ああ、あの子が富士見の頃か。懐かしいわね」
 似ているとは思わないけど、一緒にいて得るものは似ているのかもしれない。
 霊夢の頬を指腹で撫でて、そんな事を思っているとまた時が流れていく。

 卵酒がようやく効いたのか、朝になるまで霊夢が起きることはなかった。
 安堵しつつ、その顔を見守り、穏やかな寝息をずっと聴いていた。
 今まで過ごしたどれよりも長い夜だった。

 朝になり、太陽が出てきたので雨戸を開け、また空気の入れ換えをしていると後ろから声がかかった。
「おはよう、紫」
 振り返ると、霊夢が私の目の前に居た。立ち上がる元気はあるようだ。

「あら、元気になった?」
 笑って問いかける。

 そして、私は、振動させられて気づかされるのだ。

「……お陰様で」

 返ってくる、きみがくすりとわらう音に。

「……まいったわ。それは反則ね。いや、ご褒美かしら」

 私はきっと、それが見たくて、聴きたかったのだ。

「紫はやっぱりよく解らないわね……」
「そうね、私も私のことがあまりよくわからないわ。難しいもの」
「なにそれ」

 そしてまた、きみのくすりとわらう音が私に響くのだった。
三題噺難しいよ三題噺。
アトランダム三題だからなのかな。
萩 ほとり
作品情報
作品集:
最新
投稿日時:
2010/03/20 23:32:54
更新日時:
2010/03/20 23:32:54
評価:
11/11
POINT:
60
SPPOINT:
35
Rate:
1.42
1. 通常ポイント7点 お題ポイント3 ■2010/03/21 05:41:49
誰かが誰かを看病する話は実に心温まるなぁと思います。
僕もこんなゆかりんにじっくり看病されたい。
2. 通常ポイント6点 お題ポイント4 じろー ■2010/03/25 03:49:47
くすりと笑う音という表現にすると、笑うことが単純に音として処理されて、情緒的な側面がそがれて冷たい印象になってしまうのでは?と思いました。
笑うという行動自体に、顔がほころぶのと同時に音がすることも含まれていると感じます。なのでわざわざ音を入れる必要なないと思います。

紫の心理描写をもっといれてみると、物語の味付けが濃くなって、さらによくなるかもしれませんね。
3. 通常ポイント4点 お題ポイント1 ぶるり ■2010/04/01 18:01:22
 少々話運びが強引だなぁと思いました。いや、不自然という訳では決してありません。
 紫の過去回想シーンの辺りが特に、でしょうか。
 あとは普通にほのぼので良いです。

 お題について。
 いやー苦しい、実に苦しい。本当に苦しい。心から思います。
 窒息しそう。
4. 通常ポイント6点 お題ポイント3 八重結界 ■2010/04/02 17:12:42
れいむがかわいい。
5. 通常ポイント5点 お題ポイント3 静かな部屋 ■2010/04/02 20:55:13
【内容のこと】
 「私は振動させられて気付かされる」のくだりがいいですね
 全体的に、紫の優しさが伝わってくる良い話でした。

 事件もなく、起承転結に乏しかったので、点数はこんなもんですが、僕は好きです。
【お題のこと】
 「無理矢理」ではないのですが、「やっつけ」のような気がしました。
6. 通常ポイント5点 お題ポイント4 飛び入り魚 ■2010/04/02 21:39:06
 意外と紫の周波数は短くて、霊夢ののん気な波長に合わない?
 波について前面に押し出してもよかったかもしれません。
 霊夢の一挙一動に揺れ動く紫が、何故だか初々しいです。
7. 通常ポイント4点 お題ポイント2 時計屋 ■2010/04/02 22:43:07
やっぱり看病イベントとか卑怯すぎると思うんですよ。
そんな心も体も弱った時に優しくされたら惚れてしまうしかないじゃないですか。
特に普段冷酷な紫が甲斐甲斐しく看病するとかもうね、たまらんよね、ゆかれいむって。
8. 通常ポイント6点 お題ポイント5 K.M ■2010/04/02 23:05:42
適度なボリュームですっきり落ちた良い短編だったと思います。
9. 通常ポイント8点 お題ポイント4 文鎮 ■2010/04/02 23:26:25
冒頭の風邪の神論は胡散臭くもありますが、非常に興味深い話でした。思わずうなずいてしまいます。
お題は少し強引な気もしますが、まあ扱いが難しいですよね。
かいがいしい紫もいいもの。風邪のときはやっぱり卵酒ですよね!
10. 通常ポイント5点 お題ポイント5 ねじ巻き式ウーパールーパー ■2010/04/02 23:42:13
内容について:
良質なゆかれいむごちそうさまです。ゆったり流れるどこか気だるい看病の時間が綺麗でした。
意見をつける場所があるなら、それは構成であるのかもしれません。序盤の風邪の神のくだりは大変幻想郷らしく好印象なのですが、そこで予測されるゆかれいむのストーリーを裏切ること無く、予定調和のままに物語が終結してしまったことが少し残念でした。安心感はあるのですがインパクトには欠ける印象だったのです。
この物語だからこそ!という、そういう強力ななにかがほしかった。

お題について:
【くすり】3点。薬のくだりは勿論、病気に対するポジティブなアクションは広義で薬と呼んで差支えないものでしょう。物語の根幹と判断しこの点数で。
【きみ】【音】ともに1点ずつ。最後の一行にすべて詰め込まれていたのですが、とってつけた感がぬぐえなかったので。
11. 通常ポイント4点 お題ポイント1 ワタシ ■2010/04/03 00:19:54
ほのぼのではありますが、お題の消化含めちょっとさらっとしすぎてて引き込む要素が弱かったです。
名前 メール
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