太陽の憂鬱

作品集: 最新 投稿日時: 2010/03/20 22:24:32 更新日時: 2010/03/20 22:24:32 評価: 9/9 POINT: 45 SPPOINT: 44 Rate: 1.40
 くすりくすり。
 鈴が鳴るような澄んだ音を立ててあの人は微笑んだ。
 でもその笑顔は私に向けられたものじゃない。
 そう思うと、知らず知らずのうちに頭がたれてしまう私だった。

「あらあらどうしたのかしら? 元気がないわね。……そうね、最近曇りがちだから、自然と頭が下がるのも分かるわ。でも、貴方に元気がないと、私の元気もなくなってしまうわ」

 そう言って、彼女は少し寂しげな表情を浮かべた。
 そんなあの人の顔を見て、私の胸がきゅっと痛んだ。
 あの人には笑っていて欲しい。
 あの人の笑顔が私たちにとっての太陽なのだから。
 私はあの人に元気を取り戻して欲しくて、精一杯顔を上げようとした。
 だけど、私の意に反して、私の体はぴくりとも動かなかった。

「良いのよ、無理しなくて。仕方がないことだもの……。大丈夫、しばらくしたらお日様が出ると思うから、そうしたら貴方も元気になるわよ」

 あの人は私を励ますようにそう言った。
 でも、一番元気がなさそうに見えるのはあの人だった。
 そんなあの人の横顔を見ながら、私は昏い喜びが沸き立つのを感じていた。
 私がこのままだったら、あの人はずっと私を見ていてくれるのかな?
 あいつの方を向いたりせずに……。
 いけない。
 ハッとして目を見開き、私は息を呑んでいた。
 自分が考えていたことに気付いて慄然としていた。
 なんてことだ。
 自分のことばかり考えて、一番大切なあの人のことを蔑ろにしてしまうなんて。
 自己嫌悪のあまり前を見ることが出来なかった。
 下がっていた頭がさらに下がっていく。
 恥ずかしくてあの人に会わせる顔がなかった。

「本当に困ったわね、さっきよりも顔色が悪いようだし。永遠亭にでも栄養剤をもらいに行こうかしら?」

 いっそう暗くなってしまった私に、あの人は心配そうに声をかけてくれたけれど、私はただ俯くよりほかなかった。
 あの人の慈愛溢れる視線を感じながら、私はただ俯き続けていた。
 不意に、あの人の視線が外れた気配がした。
 少しだけ上目遣いに窺うと、あの人は振り返って、……あいつの方を向いていた。

「貴方も何か良い考えはない?」

 あの人は困ったように苦笑しながらあいつに話しかけていた。
 多分、今の私はとても嫌な顔をしてる。
 鏡を見なくても分かる。
 きっと橋姫でさえ羨むほどの嫉妬心に支配されているだろう。
 そんな私の気など知らないで、あの人はあいつと仲良さそうに話していた。

「あなたに分からないのに、私に分かるわけないじゃないですか……」

 あの人の言葉に困惑しているあいつへ、私は敵愾心のこもった視線をむけた。
 けれどあいつは気にした様子もなく、私の方に近づいてくるのだった。
 そして、私の顔を覗き込むようにしながら、ああだこうだと頭を悩ませているようだった。
 あいつが困っている様子を見るのは楽しいけれど、正直私の方に顔を近づけるのはやめて欲しい。
 
「ほら、いつもみたいに奇跡の力でパーっとやってくれて構わないわよ」

 戸惑っているあいつの背中に、あの人が楽しげに声をかける。
 そうやってあいつに気安い顔を見せるのが、何だかとても気に入らなかった。

「奇跡をなんだと思ってるんですか」

 ぶちぶち言いながらも、あいつは私をジッと観察し続けていた。
 こういう律儀さは、少しだけ感心するのだが、だからといって気を許すことは出来そうもなかった。
 如何にもかわいそうと言わんばかりに、同情的な視線を向けるあいつの態度が、私をよりいっそう苛立たせていた。
 あいつの哀れみを突っぱねるように、ツンとした態度を私はとり続けた。
 
「うーん、なんだか睨まれている気がします……」

 そんな私の思いが伝わったのだろうか、あいつは少し怯んだ表情を見せた。
 それを見て、やった、と思ったのは早計だった。
 如何にも困ったように、あいつがあの人に助けを求めるように振り返ったからだ。
 そうやって同情を誘うところが、また癪に障るのだった。

「こら、何かやったんじゃないの?」

 ただ、今回それは上手くいかなかったようだった。
 咎めるようなあの人の声に、少しシュンとするあいつを見て、少しだけ溜飲が下がった。
 しかし、あいつはそんなことでめげるような奴じゃなかった。

「失敬な。そんなコトしていませんよ」

 ちょっと怒ったように頬をふくらませると、あいつはこりもせず私の前にしゃがみ込んだ。
 いい加減諦めればよいのに。
 そう思ったのだが、あいつは全然動く気配を見せなかった。
 それどころか、先刻よりも真面目な表情で、私の顔を覗き込むのだった。
 うんうんと唸りながら、私をあいつは見つめ続けていた。
 そして時折、後ろを振り返っては、あの人と私を見比べる。
 あいつが振り返るたびに、怪訝そうな表情をあの人は浮かべていた。
 しかし、あいつはそんなことはお構いなしに、何度も同じ動作を繰り返すのだった。
 その不審な行動に、私もあの人も意図を読み取ることは出来なかった。
 そうして、ついにあいつと目が合ったような気がした。
 頑張って逸らそうとするが、圧迫感を感じ、全く視線を動かすことは出来なかった。
 変な緊張感の中、私とあいつは見つめ合うような感じで対峙していた。
 しばらく無言の時間が続いたかと思うと、あいつはポンと手を打って立ち上がった。

「わかりました」
「え!?」

 その唐突な宣言に、あの人が驚きの声を上げていたけど、同じように私も呆気にとられていた。
 この女は何を分かったというんだろう。
 あいつの次の言葉を、私たちは固唾を呑んで待つ。
 しかし、あいつの口から出た言葉は思いがけないものだった。

「歌ってあげればいいと思うんですよ」
「は?」

 脈絡のないあいつの言葉に、あの人が素っ頓狂な声を上げた。
 だけど、それは私も同じことだった。
 いきなり何を言い出すんだ。
 頭の中を疑問符がぐるぐると回っていた。
 しかし、そんな私たちにはお構いなしに、あいつは言葉を続けるのだった。
 
「いえ、ですから、この子のために歌ってあげれば、きっと元気になると思うんですよ」

 脳天気な言葉に、あの人は片手で頭を抱えていた。
 そして、一つ溜息をつくと、あの人はあいつを諭すように口を開くのだった。

「あのねえ、何の影響を受けたか知らないけど、歌って元気になるはずないじゃない」

 半ば呆れ気味にあいつに話しかけるあの人。
 だけど、この時ばかりはあいつの言葉を一笑に付すことは出来そうになかった。
 一拍置いて考えた時、あいつの言葉に賛同したがっている自分を発見していた。
 そんな私の期待や、あの人の反応なんてお構いなしに、あいつは言葉を重ねた。

「そうですか? 昔の偉い人も言っていました。『力も入れずに天地を動かし、目に見えない神霊達を感動させ、恋人達の仲も睦まじくし、荒々しい戦士達の心も慰めることが出来るのが歌』だって。だから、歌ってあげてくださいよ」

 あいつは頑として自分の主張を譲る気はないようだった。
 その様子を見ながら、あの人が愚痴っていたことを思い出した。

『こうと決めたら真っ直ぐ突き進む。それはあの子の欠点だけど、最大の長所でもあるのよね』

 本当にそうだと思う。
 と言うよりも、自分が信じたことに揺らぎを覚えるなんてことはあいつにはないのだろうか。
 そこが不思議だった。
 まあ、ただ空気読めないだけかもしれないけれど、その強さは正直羨ましかった。
 そんなあいつの言葉を聞きながら、あの人は少しだけ口角を緩めていた。

「紀貫之の仮名序……ね。ふぅん、よく知ってたわね。意外だったわ」
「どれだけ私を馬鹿だと思ってるんですか……。まあ、授業で習っただけなんですけどね」

 本当に感心したような声を上げるあの人に、少し咎めるような視線をあいつは向けていた。

「授業? まあ、いいけど。でもそれとこれとは話が別よ」
「えー、せっかく歌を聞けると思ったのになあ」

 あの人の拒絶に、わざとらしくあいつは肩を落とした。
 そして、如何にも残念ですという素振りをするのだった。
 そんな白々しい動作に、あの人は呆れたように深々と溜息をついた。
 ああいう反応をされると普通は傷つくものだが、あいつはそんなことお構いなしだった。
 何かを期待するような上目遣いをすると、ちらちらとあの人の表情を窺っていた。
 まったくめげないあいつの態度に、あの人は再び嘆息した。

「それが目的だったのね……。そんな目をしても何も出ないわよ」

 そして、期待を一刀両断にするようにきっぱりとそう言った。
 あいつは、ばれちゃいましたか、と小さく呟くと、こっそりと舌を出した。
 それでもまだ諦めきれないのか、物欲しげな様子であの人をじっと見つめていた。
 いい加減苛立ちを覚えてきたのか、あの人が何か文句を言おうと口を開いた時だった。
 あいつは明後日の方角を眺めながら、さも今思い出したかのように嘯いていた。

「だって前にメディちゃんが言ってましたもん『とーっても綺麗な歌声で、聴いていると温かい気持ちになるのよ』って」
「!!!」

 あまりの恥ずかしさに、開いていた口を閉じることなく、あの人は顔を朱に染めていった。
 何か言おうとするのだが、もぐもぐと言葉にならない声を発するだけだった。
 あの人は顔を真っ赤にしたまま、口を尖らせ、頭から湯気が出しながらじたばたと手を動かしていた。
 そんなあの人の様子を、あいつはしてやったりとばかりに見つめながら満足そうに頷いていた。
 
「あれー、どーしたんですかー。もしかして、恥ずかしいんですかー?」

 そう言うとあいつは、親指を立てた腕を軽く曲げ、片手をその肘に添えた。
 そして、軽く身体を斜めに倒し、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら、ぐるぐるとあの人の周りを回り始めたのだった。
 正直、その光景は鬱陶しく、許されざるという言葉に尽きる行動だった。
 そっと様子を窺うと、あの人は羞恥と屈辱にぶるぶると肩を震わせながら、無言で地面を見つめていた。
 いつ爆発してもおかしくないな、と私はあの人の様子を見ながらそう感じていた。
 憎たらしいあいつの身に降りかかることとはいえ、私は予想される惨劇を思い、少しだけだが同情を覚えていた。
 しばらくして、あの人はゆっくりと頭を上げると、キッとあいつを睨み付けた。

「……五月蠅いわよ」

 地獄の底から湧き上がってくるような声だった。
 生半可な妖怪なら、それだけで気を失いそうなほどの圧迫感を発していた。
 しかし、あいつは鈍感なのだろうか、まったく怖じ気づくことはなかった。
 それどころか挑発するように、いっそう不貞不貞しい態度を見せるのだった。

「おお怖い怖い」
「どこの天狗よ。それにしてもメディったら、あれだけ黙っておくように言っておいたのに……」

 唸るような声を上げるあの人をなだめるようにあいつが口を開いた。
 
「あ、メディちゃんを怒らないでくださいね。おだてて聞き出したのは私なんですから」
「そんなことはわかってるわよ。だから怒るとしても貴女だけね」
「酷いです」

 さも当然という風にあの人がそう告げるが、その表情は先ほどよりも和らいでいた。
 それはきっとあいつがメディスンを庇うような言葉を発したからだろう。
 当たり前といえば当たり前の発言ではあるが、私はあいつがそんなまともなことを言うとは思ってなかった。
 あの人自身は、そのことを意外と思った様子はなかったが、それでも嬉しかったんだろうと思う。
 口には出さなかったが、喜んでいるような気配が感じられた。
 それが少し、妬ましかった。
 
「ふふん。それに歌わないわよ」
「えー、歌ってくださいよー」

 少し心の余裕を取り戻したのか、あの人の声からはいつものような余裕がうかがえた。
 風にそよぐ花びらのように悠然と、あの人はあいつに拒絶の意志を伝えていた。
 あいつは拗ねたように口をとがらせるが、あの人はいっこうに堪えた様子はなかった。

「嫌ですわ」
「良いじゃないですか、ケチですねえ」
「何でも何も、……恥ずかしいじゃない。そんな上手な歌でもないのに……」

 そう言って恥ずかしそうに顔を赤らめるあの人に、あいつはさらに顔を寄せた。

「もしかして、照れてるんですか?」
「照れてない!」
「でも、この子だって聴きたいに決まってますよ」

 そう言って、あいつは私の方を振り向いた。
 好意的な笑顔を向けているけど、私には分かる。
 これは打算的な笑顔だ。
 でもその打算に私は乗りたかった。
 そんな私の気持ちを慮るゆとりもないまま、あの人は不安そうに私の顔を覗き込むのだった。

「貴方も聴きたい?」

 なんて声を出すんだろう。
 そんな声を出させてしまっている自分に少しだけ腹が立った。
 あの人の言葉に答えるために、すぐにでも首を縦に振りたかったのだけど、私の体は私の意に反してぴくりとも動かなかった。
 精一杯努力をするのだけど、全く駄目だった。
 もどかしさで体が一杯になる。
 そんな私の気持ちを察してくれたのは、意外にもあいつだった。

「ほら、この子だって絶対聴きたいですって」
「……うーん」

 あの人の表情には冴えがなく、受け答えも歯切れの悪いものだった。
 私を引き合いに出すあいつの言葉は、あからさまに私を利用しているようで、少し苛つくのたがこの時ばかりは有り難かった。
 正直、私はあの人の歌が聴きたかった。
 私は項垂れたまま、あの人を透かすように窺うと、あいつの言葉に悩むように腕を組んでいた。
 その私の横では、あいつが相も変わらず期待に目を輝かせたまま、歌うように迫り続けていた。
 うざったいなと思う反面、もっとやれと言う自分がいる。
 そんな複雑な思いを抱えたまま、私はじっとあの人を見つめていた。
 しばらく考えてようやく観念したのだろう、あの人はがっくりと肩を落とすと、ひときわ大きな溜息をつくのだった。

「笑わない?」
「笑いませんよ」
「本当に?」
「本当にです。って何でそんなに自信がないんですか」

 しつこく念を押すあの人に、あいつは少しだけ呆れたような表情を浮かべた。
 あの人のこんな弱々しい姿は意外だった。
 それはあいつにとっても同じだったようだ。
 落ち着かない様子で、あの人の次の言葉を待っていた。

「だって、恥ずかしいんですもん」
「かわいい……」

 生娘のような反応を見せるあの人をあいつが茶化す。
 そのことにあの人は過敏に反応していた。

「そんなだから歌いたくないのよね……」
「あ、ごめんなさい」
「はぁ、わかったわよ、歌えば良いんでしょ、歌えば」

 何だか投げやりな口調でそう言うと、腰に腕を当て、ぐいと胸を張るようにした。
 どこか捨て鉢なその態度が、少しだけ悲しかった。
 出来ることなら、あの人には楽しい気持ちで歌って欲しかった。
 そう思うのは私のわがままなのかもしれないけれど。

「駄目ですよ、そんなやる気のない態度じゃ、この子だって元気になりませんよ」

 分かった風な口をきいて、あいつは私の方に振り返った。
 それに合わせてあの人も私の方を向く。
 その表情には不安の色がありありと浮かんでいた。
 罪悪感に胸が痛んだ。
 それにしても、そろそろ私をだしにして話を進めるのはやめて欲しい。
 だが、ふがいない私の姿を見て、あの人がやる気を出してくれるのなら、それもやむないことだろう。
 私がそんな風に割り切ったとき、あの人も心を決めたようだった。
 目に強い光が宿っていた。

「わかったわよ。じゃあ、聴きなさい」

 そう言ってあの人は、左右の指を鉤のようにして引っかけると胸を張った。
 一つ深呼吸をして、すーっと息を吸い込むと、頬を朱に染めながら口を開いた。
 次の瞬間、天に突き抜けるような声があたりに響き渡った。
 思わず鳥肌が立った。
 高らかに、伸びやかに歌い上げる。
 透き通るような、青い空を思わせる歌声だった。
 これまで聴いたどんな歌や音楽よりも美しかった。
 騒霊三姉妹の演奏や、あの夜雀の歌だって、あの人の声には及ばないだろう。
 それほどに、あの人の歌はとても綺麗だった。
 私は涙は流せないけれど、思わず涙がこぼれそうなほど心を打たれていた。
 しかし不思議だ。
 初めて聞いたはずの歌なのに、私はその歌声にどこか懐かしさを覚えていた。
 考えても思い出せずに、うんうんと首をひねっていた。
 そんな私の様子に気が付いたのだろう。
 あいつはするすると私の横に来て、賢しげな顔を私に向けた。

「それはですね。あなたの中でこの声を好きだった遠い昔の誰かが生きているからですよ」

 あいつが知った風な口をきいたが、悔しいけどその通りだと思う。
 私たちはあの人に愛されて育ち、そして、愛されながら命を繋いでいくのだ。
 だから、あの人の声は音色となって、私の中で生きているのだ。
 それはきっと、私の母もそうだっただろうし、祖母も、遠い祖先達もそうだったのだろう。
 こうしてあの人を愛し、あの人に愛されて育っていく。
 それが私たちの生き様なのだ。
 私は歌の律動に合わせて、思わず体を揺らしたくなった。
 でも、体ががっしりと大地に根を張ったように動かなかった。
 不自由な自分の体に失望の念を浮かべたときだった。
 爽やかな風が私の体を包んだ。
 僥倖。
 そう思うと、私はその風に抱かれるようにして、歌の波に乗るのだった。
 あの人の声と優しい風のハーモニーがとても心地よかった。
 ふっと視線を感じた。
 横を見ると、あいつが私を見て微笑んでいた。
 その瞬間、私を包んでいる風と同じ優しさや、暖かさを感じた。
 流石にここまでくれば、鈍い私だって気が付く。
 この風はあいつが起こしてくれたのだ。
 余計なことを、と素直じゃない私は思わないでもなかったが、正直感謝の方が大きかった。
 それでも素直になれないまま、あいつの方をちらちらと窺っていると、またあいつは私の方に顔を寄せた。
 そして、あの人には聞こえないほどの小さな声で私に語りかけた。 

「それに、私には分かってるんです。あなたが何で元気がないか。まあ、あの人は朴念仁だから絶対に気付かないでしょうけど」

 そんなあいつの言葉に、私は渋々納得していた。
 悔しいけれど、あいつもあの人のことを好きなんだって、よく分かったからだ。
 そのことに気が付いた時、垂れ下がっていた私の頭は、グンと上を向き真っ正面にあの人の方を見ていた。
 空に太陽が昇ろうとも、それだけでは私の頭は上がることはない。
 私にとっての太陽はあの人だけだ。
 だけど、嫉妬に塗れ、濁った心ではあの人の光を受け止められない。
 だから頭を上げることが出来なかったのだ。
 そのことに気付かせたくれたのが、当の嫉妬の相手というのは皮肉な話だった。
 あの人だけではない、あの人が好きな人がいることも認めることが出来て、ようやく私はあの人の顔を見ることが出来たのだ。
 ただ好きという気持ちのままあの人を見つめる。
 そんな簡単なことに気付くのに時間がかかったものだった。
 私が顔を向けたことで、あの人の顔に満面の笑みが浮かんだ。
 本当に太陽のような笑顔だった。

「元気になったみたいね」
「ほら言ったじゃないですか。歌は世界を救うんですよ」

 ホッとしたように息を吐くあの人に、さもありなんと言う風にあいつは相槌を打つのだった。
 調子のいい奴だと思う。
 度が過ぎればうざったらしいだけだが、ああいう気さくさというのは、あいつの魅力なんだろうと思う。
 それは、あの人にとても同じだったようだ。
 
「さっきと言ってることが変わっているわよ」

 調子の良いあいつの言葉に、あの人はしょうがないなあという風に嘆息した。
 あいつは、その指摘を気にした様子はまるでなかった。

「まあ、いいじゃないですか。この子も元気になったことだし。それにしても本当に彩り鮮やかな黄色で、まるでお日様みたいです」

 その言葉通り、私は瑞々しさを取り戻していた。
 一枚一枚の花びらが、太陽の花という名に相応しい黄金の輝きを放っていた。

「そうね。さっきまで色褪せていた花弁に、はっきりと黄みがかったわね。本当に元気になって良かったわ。私の愛する向日葵たち」

 そう言って、あの人は愛おしげに私を撫でてくれたのだった。
 いつまでもこうしていて欲しかったが、あの人の手が離れる。
 後ろ髪を引かれたが私は我慢した。
 あの人の手はもはや私だけのものではない。
 心優しい風祝の手を掴むためのものなのだ。
 そのことに納得はしていないが、許すことは出来るようになっていた。

 心地よい風が再び私を揺らす。
 その暖かさに包まれながら私は、太陽の花に包まれて、穏やかに微笑むあの人をずっと見つめていた。
 ありがとう心優しいフラワーマスター。
 私の大事な風見幽香。
 貴女の声が、貴方の微笑みが私にとっての薬なんですよ。
 ポエムになりすぎるから、ルナ大はやめたのに気が付くとポエムになってしまったのは、ゆうかりんが好きすぎるせいだと思う。
 「きみ」「くすり」は比較的簡単にネタが浮かんだ反面「音」にかなり苦労させられました。
 古語的な意味で「ね」と読んで何とか書けた気がします。
 それにしても苦しい話だった。
久我暁
http://bluecatfantasy.blog66.fc2.com/
作品情報
作品集:
最新
投稿日時:
2010/03/20 22:24:32
更新日時:
2010/03/20 22:24:32
評価:
9/9
POINT:
45
SPPOINT:
44
Rate:
1.40
1. 通常ポイント5点 お題ポイント7 ■2010/03/21 04:33:31
早苗と幽香のカップリングなんて初めて見た
しかも一人称は名無しのひまわりかぁ。凄い面白いことするなぁと思いました。
さぞかしとてつもなく黄色いひまわりなんだろうなぁ。
2. 通常ポイント6点 お題ポイント6 ワタシ ■2010/03/28 01:45:14
視点が奇抜ながら話はまとまっており、安定して読めました。
きみについては最初気づかなかったので、もっと強調してもよかったと思います。
3. 通常ポイント5点 お題ポイント4 じろー ■2010/03/28 11:23:23
お題を使わなくてはいけないということで悩まれたところにこんなことを言うのも何なんですけれど、最後の薬は、むしろ太陽とか(植物にとっての栄養となるもの、薬は病気用なのでちょっときにかかりました)の方が情緒的かもしれませんね。
また恋を病と考えるなら、幽香の微笑みは毒のような気がします。薬も過ぎれば毒になる、みたいな感じですよね。
言葉の用法について言うのは、失礼かもしれませんが、こんぺということでちょっと突っ込んで言ってみました。すみません。

幽香のへたれは板がついてますよね(笑)あ、でもこんなこと言ったら大変なことになりま…
いやとてもほほえましかったです。
4. 通常ポイント7点 お題ポイント3 八重結界 ■2010/04/02 14:50:06
まるで少女のやり取りを見ているような、そんな気分でした。
甘くもなく、かといって苦くもなく。この二人はこの距離が一番似合っているのかもしれません。
5. 通常ポイント7点 お題ポイント6 静かな部屋 ■2010/04/02 20:47:57
【内容のこと】
 ゆうかりんの歌声……。聴きたい。
 動けないし、話すこともできない向日葵の視点だからこそ、誰も早苗さんを止めようとしないことに違和感もなく仕上がっていると感じました。
 気になった点がいくつか。
 メディは人間嫌いのはず、おだてた程度で仲良く話せるようになるとは考えにくい?
 明らかに一度だけ向日葵の心を読んでる早苗さん。

【お題のこと】
 「病は気から」の逆?みたいな何か。「音」が「くすり」となる

むしろ、「きみ」が分からなかった……
6. 通常ポイント4点 お題ポイント7 飛び入り魚 ■2010/04/02 21:42:42
 もったいぶらずに、向日葵、幽香さん、早苗さんとはっきり述べたほうが良さそうです。
 黄みという使い方が新しくて面白いです。何という許早苗
7. 通常ポイント3点 お題ポイント1 時計屋 ■2010/04/02 22:30:28
ひまわりの視点であることがあまり生かされず、逆に「あの人」「あいつ」の連呼で読みづらくなってしまったような。
でもゆうかりんへの愛は伝わってきました。
8. 通常ポイント5点 お題ポイント5 K.M ■2010/04/02 22:58:52
幽香さんはかわいい。早苗さんもSかわいい。
9. 通常ポイント3点 お題ポイント5 ねじ巻き式ウーパールーパー ■2010/04/02 23:36:56
「あいつ」が早苗である事は早い段階で分かるのですが、主人公が向日葵で、「あの人」が幽香である事は(おそらく意図しての構成でしょうが)終盤になるまで隠されたままです(示唆する部分が所々にあったとしても)。
情報を制限しミスリードを狙う手法は嵌れば壮快な読後感をもたらしますがこの物語の場合は裏目に出てしまったように思います。正体不明の誰かが正体不明の誰かに想いを募らせているというだけでは感情移入が難しくなるのです。
今回のケースでは、幽香は早い段階で正体を明らかにしておくのがベターであったように思います。
加えて早苗と幽香というあまり見ない組み合わせが分かりにくさに拍車をかけています。キャラクター達の関係のファジーな部分については作者様が自由に設定していいのは勿論なのですが、しかし原作で一切絡みがない、そして二次でも広く認識されているとは言い難いこのカプをメインに使う以上、十分な慎重さと配慮が必要であったと思うのです。
「あの人」の正体が幽香であると判明した時の第一印象は、どうして早苗とこれだけ仲がいいんだろうという違和感でした。それらの大きく目につくところがなければ、また作品に対する印象も変わったと思います。

お題について:
【くすり】2点。元気にさせてくれるものの比喩としての薬。悪くはなのですがもう少し物語に深く突っ込んでくれればと思いました。
【音】3点。幽香が歌うあそこはキーとなるシーンと判断して。
【きみ】読解力がなくてごめんなさい、よくわからなかったのです……。
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