たまゆら

作品集: 最新 投稿日時: 2010/03/20 21:23:06 更新日時: 2010/03/20 21:23:06 評価: 9/9 POINT: 51 SPPOINT: 45 Rate: 1.52
 ――――しらたまの つのるかのちに すりちがえ
           くれしうきみも たまゆらのゆめ――――



 あるところに、たまという少女がいました。
たまは父母と兄との四人家族で、つつましくも和やかな暮らしを送っていました。

 他の子たちより人一倍背が小さいたまは、しきりに兄の背におぶさりたがりました。
その肩越しに見る風景はとても広大で、まるで空を飛ぶ鳥のような気分になれたのです。
それに兄の背は大きく、暖かく、安らかでした。
兄に背負われている時、たまはいつも嬉しそうに笑っていました。

 木枯らしが吹きすさぶ冬の夜、火事が起きました。
たまをかばった兄は焼け落ちた梁に潰されて、全身を焼かれながらたまの目の前で息絶えました。
父と母は煙に燻され、たまは虚ろな目をして崩れ落ちる家を見つめていました。



 それから、たまは笑わなくなりました。
家を持たないたまは一組の夫妻の家に住むことになりましたが、
体が小さいため力仕事はできず、炎を恐れるので火の番も任せられません。
すすが染みた肌はところどころ浅黒く、煙で喉を焼かれたのか口も聞けず、
愛嬌の感じられない虚ろな瞳で、のそのそと這うように動き回るばかり。
そんなたまの姿を、村中の者たちは見向きもしませんでした。



 時は過ぎ、夏のある日。
家に備えた瓶に水を貯めるために、たまは桶を持って家と湖を行き戻りしていました。
波々と張った桶を両手で抱えながらの足取りは、頼りなくふらついています。
揺れてはねる水はたまの体を濡らし、家へ着くころには桶の中ほどまでしか残りません。
しかし、一度に汲む量を減らそうとは考えもしませんでした。
重い足を引きずり、茫漠とした瞳で桶にしぶく波を見つめて、何度も、何度も行き続けます。
照りつける日差しも、遅き歩みに飽いて去っていき、辺りをほの暗い闇が包み始め、
それでもおぼつかない足取りで、ただ前へ、無心に歩く。
ゆえに、道を外れたことには気づきもしませんでした。

 音が、聞こえました。
かすかに入り混じっていた虫たちの声とは違う、哀惜を宿した音が。
水面から顔を上げると、そこには一棟の廃館がありました。
館は木々から漏れる月明かりに姿を映し、音を紡いでいます。
木の葉を打ち鳴らす風さえも伴奏として、揺らめく月光を指揮者に奏演は舞い踊る。
その幽幻たる光景に、たまの瞳は魅入られて離れず、足は役目を忘れて留まり続けるばかり。
音の波が伝播して、雫の落ちた桶に波紋が広がりました。

 たまが夜更けに帰った時、家からは妻に桶の場所を問う夫の声が聞こえるのみでした。



 たまが見たこの廃館について、村では古くから一つの噂があります。
曰く、廃館に三人の演奏団あり。
その者たち、夜ごとに楽器を奏で、音色に惹かれし者を待つ。
そうして近寄ってきた愚かな者の魂を抜き取り、暴食を極めし冥界の主に捧げる。
命が惜しければこの呪われた館には近づいてはならない、というものでした。

 夏の夜の幻想から幾日が過ぎたころ。
このような噂を気にも留めず、たまは廃館の前へと姿を現していました。
旋律に心打たれたことは想像に難くありませんが、
それ以上にたまの胸中には、もはや恐怖の念など枯れ果てていたでしょう。
感情を持たぬ表情の奥に純白の好奇心を宿して、自ずと廃館の扉は開かれました。



「……リリカ、伴奏」
「だってルナ姉、今、なんか下で物音しなかった?」

 ギシ、ギシ。旋律の止まった館に、階段の軋みが響きます。

「ほら、やっぱり聞こえたって!
 どうしよ、もしかしたらオバケだったりして!?」
「あはは、オバケは私たちの方だけどね〜」
「そういうこと。
 それに、今まで人間に見つかったこともない」


 言い合う声が聞こえる側へと、次第に床鳴りは近づいていき。

「そりゃそうだけどぉー」
「わかったなら口じゃなくて楽器を動かす。
 さあ、演奏再開よ」
「はぁーい」

 扉がそろりと開かれると、そこには三人の少女がいました。
気の抜けた返事をする赤と物憂げにそれを見返す黒。
二人のやり取りを見やりながら、ゆらゆらと振り子のように体を揺らす空色。
透き通ったサファイアの瞳が、たまと見合いました。

「…………♪」
「…………」

 笑顔を絶やさず、少女はゆらゆら、風にそよぐ葦のようになびき続けます。
その少女を見返すたまの顔は、仏頂面のまま崩れません。

「……メル姉、何してんの?」
「さっきリリカが話してたオバケちゃんがそこにいるからね。
 ちょっとコミュニケーションを図ってたのよ〜」
「メルランまで……気分が昂ぶって、また変なものが見えてるんじゃ、
 …………」
「ほらーっ! やっぱりいるじゃん、オバケ人間!」

 たまを見止めた三人は、かしましく騒ぎ立てるのでした。



 館に現れ、三人をじっと見つめ続ける稀人はちょこんと椅子に鎮座して。
リリカ、メルラン、ルナサの三姉妹と名乗る少女たちの、好奇の的となりました。

「ねーねー、あなたはなんてお名前なの?」
「…………」
「むむむ、答えてくれないー。これはかなりの難物かも」
「そんなむすっとした顔したまんまじゃ、ハッピーも逃げちゃうわよ〜」

 ですが、口も聞けないたまはむすっとしたまま、ただ三人を見るのみ。

「……本当に、私たちが見えてるのかしら?」
「どーいうこと、ルナ姉?」
「いえ……なんとなくだけど、妙な感覚がね」
「それじゃわかんないよー」
「はいは〜い、それなら、一曲弾いてみるのはどうかしら?」

 手を挙げての朗らかな提案に、三人は顔を見合わせます。

「なるほど……」
「それ名案かも、メル姉!」
「ふふ〜ん♪」

 鼻も高々にメルランはエッヘン、と胸をそらします。
そうして、たまを眼前に据えて演奏の舞台が整えられました。
窓から注ぐ夜の燐光が、息づくように色を変えて三人を包みます。

「では、今宵小さなお客人に捧ぐ――」
「プリズムリバー・サービス・ステージ!」
「それじゃ、始めるわよ〜」

 ふわり、楽器が宙に舞い踊り。
三色の音の糸が絡まり合い、指揮は棒針となって空間にカタチを縫い上げていきます。
ヴァイオリンは密やかに、キーボードは軽やかに、トランペットは鮮やかに。
直で聞く演奏の魔力は前夜と比べ物にならず、一音ごとがたまの心を離しません。
中でもトランペットの音色を聞くと、たまの心奥に残る父母との、兄との記憶が
陽だまりのように、じんわりと広がっていくのを感じられるのでした。

「……ご清聴、感謝します」

 やがて、演奏は終わりました。
たまの仏頂面は通して崩れず、改めて様子を伺う三人。

「んー、反応ないね」
「やはり感のあるだけの、ただの人間なのかしら……」

 不意に、たまは椅子からぴょんと降ります。
おや?と見入る三人にちょこちょこと近寄り、

「…………」

 くい、くいとメルランの服の裾を引っ張りました。

「これは……」
「もう一回弾いて欲しいってことかな?」
「ふふふ〜、私がまた一人ファンをゲット、ってとこね〜。いいこいいこ〜」
「ぶー、メル姉ずっるーい!」

 笑顔で頭を撫でるメルランと、対抗するようにたまのあちこちに触れるリリカ。
その様子を見て、ルナサは額に指をあてがい一人ため息ごつのでした。



 この出会いの後、たまは毎夜のように古びた館へと通いました。
ルナサたち三姉妹も、演奏を聴きに来る一方で反応は緩慢な珍客を前に

「今度こそ私の演奏で振り向かせてみせる!
 どっせーいっ!!」
「おお〜、今回はイケイケねぇ。でも〜……」
「…………」
「器用なのはいいけど、それに頼りすぎね、あの子は」

「ぜー、ぜーっ……やっぱりメル姉みたくはいかないなぁ」
「姉さんはソロでは弾かないの〜?」
「ん……遠慮する。私の演奏では喜ばなさそうだし……その子の気圧は、無風」
「どういうこと?」
「静まり返ってる。風を吹かせるなら、メルランの出番よ」

「はいは〜い、それでは今回は、このトランペットを〜……
 いつもより多く回しておりま〜す♪」
「メル姉、それジャグリング……」
「まったく……演奏に集中しないと」
「な〜に、姉さ……お、あ、あら、あららら〜!?」
「あ、こけた」
「……そうなる」
「…………」
「あたたたた〜……えへへ」

 歓呼を挙げさせる腕試しといった心意気で、種々様々のパフォーマンスを用いて歓待します。
必然、村にも噂は広まっていきました。
呪われた館の前に少女の影を見た。少女が夜更けに村から外へと彷徨していく。
さらには、たまが住む家も悪し様に語られます。
気味の悪い娘が出てくる家だ、と。



 時は移ろい、深々と雪が降り積もる冬。
野道は生ける者を拒絶する極寒の銀に覆われ、次第にたまが館へ行く機会も減りました。
得も知れぬ底冷えした空気に包まれて、村は静けさを増していきます。

 長い冬を過ごすうちに、たまが住む家の夫妻は床に伏せっていました。
たまの方を焦点の合わない瞳で見ながら、病床にうなされて呟き続けます。
気味の悪い娘め。気味の悪い娘め。気味の悪い娘め。

 雪風吹き荒ぶ夜、そっと家を出るたま。
彼女を受け入れる者は、この村にはもういませんでした。

 たまは、ふらふらと林をさまよい続けていました。
風が木々を打ち鳴らし、自重に耐えられなくなった樹上の雪が音を立てて落ちます。
踏み鳴らす裸足の歩みには、もはや感覚もなく、目的もなく、当てどもなく。
それでもおぼつかない足取りで、ただ前へ、無心に歩く。
積もる雪に覆われ、彼女の前に道は消え失せていました。

 音が、聞こえました。
ごうごうと鳴り響く風に微かな残響を震わせて、哀惜を宿した音が。
次第に遠くなっていく旋律を追うように、たまの体は音の源へ動いていきます。
そこには純白の色模様にしつらえられた、一棟の廃館がありました。
導かれるように、たまは館へと足を踏み入れます。

 目に飛び込んだのは、光。
館の中は暖かな灯火に満たされて、まるで別世界でした。
とても静かで、安らかで、壁を叩く風の音一つも聞こえません。
たまが周囲を見回していると、誰かが呼んできます。
たま。たま。
どこか懐かしい響きに振り返ると、そこにはたまの父母と兄が立っていました。
兄ちゃん。お父ちゃん、お母ちゃん。
駆け寄って兄に抱きつくたま。その頭を優しく撫でる柔らかな手。
会いたかった。会いたかった。
四人で過ごした思い出が記憶のるつぼから湧き出し、たまの瞳に溢れて止まりません。
もう離れ離れになりたくない。いっしょにいたい。
ぎゅっと暖かな手を握り、たまは心の限りを込めて語りかけます。
兄ちゃん、おんぶして。おんぶ。
差し出された背中に身を預け、たまはまどろみに心を委ねます。
兄ちゃんの背中、あったかい。
たまは、くすりと笑いました。

 ――暗闇に満ちた館にトランペットの音が鳴り止みます。
そして、朽ち木の風に軋む音だけが響き続ける中。
広々とした館からは何ものも、夢の残滓のように消え失せていました。



 地肌に雪のおしろい塗って、白玉ゆらつく澄んだ空。
冥界の白玉楼からそば近く、三匹の幽霊が回遊しています。
その中にいる一匹の上にくっついて離れない、もう一匹の小さな幽霊も。
その睦まじい姿を見上げる二つの黒子が、真白な大地に映ります。
一人は三姉妹の長女ルナサ、もう一人は、冥界の主、亡霊嬢の西行寺幽々子。

「仲良き事は美しき哉。お三方には感謝しますわ」

 扇子で口元を覆い、幽々子はころころと笑みを絶やしません。
悠然と空を見上げたまま、言葉をルナサへと。

「あの少女の亡霊を、ここまで連れてきてくれたこと」
「私たちは、難物の客にも伝わる演奏をしたかっただけですよ。
 メルランも喜んでいます。あの子の喜色は、今に始まったことではありませんが」

 淡々と答えながらも、口元をほころばせるルナサ。
そんな態度に、幽々子も得心がいったと頷きます。

「なら、それは貴方たちの腕が確かという証明ね。
 死者が死んだように現世に留まり続けるのは、死ぬよりも辛く悲しいもの。
 あの少女は、妹さんの言葉を借りれば『ハッピー』よ」
「後で伝えましょう。きっと、一層喜びますよ。
 ……そういえば」

 言を切り、眉をひそめて二の句を告げます。

「もし少女が自分の死に気づかないままなら、どうなっていたので?」
「亡霊は、知らず周囲の生者を死に誘うわ。
 さまよいながら生気を吸って力を増し、妖へとその身をやつし、
 最後には力ある人間の手で成仏も許されず滅されたでしょう」
「……そうですか」

 改めて、漂う幽霊を静と見上げる二人。

「でも、あの幽霊もいい時期に来たわね。
 西行妖の開花、さぞや見物よ。その時はお三方も、ぜひいらしてくださいね」
「腕が鳴ります。そのために、長々と夏から磨いて来ましたから」
「楽しみにしておりますわ」

 そう言って、一度瞑目すると。
閉じた扇子を手元で打ち鳴らして、幽々子は朗と詠います。

「――白玉の 募る彼の地に 擦り違え
 暮れし憂き身も 玉響の夢」

 首をかしげて見やるルナサへと、にっと笑みを送って、

「世の中、死んでからがお楽しみ、というものよ」

 と、煙に巻いて答えます。
ルナサには、彼女が自分自身のために詠ったような、そんな気がするのでした。
彼の地に→かのちに→か 後 二→かきく→く すり
テーマの歌合わせはくすりが一番の難物でした。結局このように折り込む形に。

拙い作品ですが、読んでくださった方々、ありがとうございます。
ワタシ
作品情報
作品集:
最新
投稿日時:
2010/03/20 21:23:06
更新日時:
2010/03/20 21:23:06
評価:
9/9
POINT:
51
SPPOINT:
45
Rate:
1.52
1. 通常ポイント7点 お題ポイント4 ■2010/03/21 04:18:27
ビターエンドという奴なのでしょうか。
救いのあるのかないのかはっきりしないのも大好きです。
たまちゃんが東方世界の片隅で平和に過ごしてるといいと思いました。
2. 通常ポイント7点 お題ポイント7 じろー ■2010/03/28 11:03:31
そういうことかあああああああああああ、わかりました。かの後、二音後は「く」だから、そのあとの擦り合わせるとかかって、くすりですね。
解読難しかったです…面白いですけど、難解です。。。ちなみに短歌の意味はなんなんでしょうか。

たまを見向きもしないのではなく、見向きもできなかったとも取れる終わり方でしたね。死んだのは冬のある日なんでしょうが、火事の時にも死んだようにも取れますね。

音楽演奏の場面で、それぞれの楽器の旋律の描写を細かく描いて、たまの心情の機微を描かればさらによかったと思います。
流れはよかったので、色をもっとつけてほしかったと思います。
3. 通常ポイント1点 お題ポイントフリーレス 八重結界 ■2010/04/02 14:47:24
全てが唐突で、意味が分かりませんでした。
4. 通常ポイント4点 お題ポイント4 ぶるり ■2010/04/02 18:16:57
亡霊、とは中々意外。
5. 通常ポイント6点 お題ポイント5 静かな部屋 ■2010/04/02 20:43:10
【内容のこと】
 なんか、説明しなきゃいけないし、そこに文字数を割きたくないというのも解るんだけど、たまの家族が死ぬのが早すぎる。なんとなく、置いていかれてる気がした。そこだけ気になった。

 雰囲気はありました。もう少し、因果関係(上手くいえないけど、「理由」のようなもの)に気を使って書いていただけると、ちょっと嬉しいです。
【お題のこと】
 「くすり」には驚いた。ただ、「すり」の部分は一体どこから?
6. 通常ポイント6点 お題ポイント7 飛び入り魚 ■2010/04/02 21:43:45
 雰囲気作りが非常にうまく、昔話を聞いているかのようでした。
 歌にお題を組み込むというのも、くすりが苦しいながらも好きになるアイデアです。
 メルランがどうも三姉妹スレでお馴染みのハッピー講座メルランに見えてしまって、好きです。
7. 通常ポイント7点 お題ポイント7 時計屋 ■2010/04/02 22:28:25
描写がとても綺麗です。
霊と霊が触れ合う幽かな音が、心に響くようでした。
8. 通常ポイント8点 お題ポイント8 Ministery ■2010/04/02 22:43:51
落ちが秀逸。御題からの連想もまた愉快。素晴らしい。
9. 通常ポイント5点 お題ポイント3 K.M ■2010/04/02 22:56:59
なるほど「か」の2つ後で「く」、それに「すり」を続けて「くすり」……これは判りませんでした。
名前 メール
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