君の名は?

作品集: 最新 投稿日時: 2010/03/20 20:07:53 更新日時: 2010/03/20 20:07:53 評価: 13/14 POINT: 97 SPPOINT: 60 Rate: 1.74
 





 我が輩は胡蝶夢丸。八意殿に作られた薬だ。
 年齢は覚えていない。生まれた時から薬であり、おそらく死ぬ時も薬であろう。その事に不満などないのだが、ちょっとばかり宇宙飛行士に憧れた時期もあった。行こうよ、我が輩と成層圏。宇宙出てないし。
 幼い夢である。そして例外を除けば、そういった夢は淘汰される運命にあるのだ。丸剤も年を経て現実を知る。瓶詰め生活を余儀なくされる我が輩でもそうなのだから、きっと外で暮らす連中はもっと翻弄されているのだろう。
 丸剤生活も長い。八意殿の診察室で文字通りゴロゴロしていれば、色々な悩みを抱えた人妖がやってくるのを目撃してきた。どうでもいい悩みもあれば、それこそ人生を左右するほどの大きなものもある。
 我が輩、それを聞いていて思った。悩み多き人達の救い主になってやりたい。
 宇宙飛行士は試験があるから無理だとしても、悩み相談ぐらいなら丸剤になって出来るはずだ。いや、出来るのだろうか。無理だった。
 丸剤、喋らない。
 正直者のインディアンどころか、そもそも言葉を喋れないのだ。これでは相談も何もあったものではない。ああ、やはり夢とは叶わない存在なのか。
 だけど気付いた。我が輩、胡蝶夢丸。
 人々の夢を操り、それを良き方へ導くことが出来る。だとすれば、夢の中でなら我が輩も喋られるのではないだろうか。
 名案。名案だけど、一つだけ問題。
 夢を操る為には、呑み込まれなくてはならないわけで。僕の顔をお食べよ、とは訳が違うのだ。我が輩、多分死んじゃう。
 生憎と一つの相談で命を散らすほどの蛮勇は持ち合わせておらず、かといってこのまま丸剤として一生を終えるのも不満ありありだ。
 せめて、誰か我が輩と話せる奴がいてくれたらいいのに。
「ん?」
 不思議そうな声。いつのまにか、八意殿の診察室に患者がやってきたようだ。
 奥で処方でもしているのか、八意殿の姿は不在。だとすれば、先程の可愛らしい声はその女性のものだろうか。長年の経験からして、おそらくは人間ではなく妖怪だと思われる。
 見慣れぬ容姿をしているが、はてさてどうしたことだろう。
「これは、誰ですか?」
 姿の見えぬ第三者との会話を始めた。これには我が輩もドン引き。
 壁とか天井は喋らんよ、お嬢さん。
「そんな事は分かっています。姿を見せなさい。あなたがどれだけ巧妙に姿を隠そうとも、心の声はだだ漏れなのですから」
 なんだか少女、我が輩の声に答えているような感じ。もしかしてあれだろうか、テレパシーとかそういう類の能力が我が輩に宿ったの?
「テレパシーではなく、覚りの能力。そしてその能力を有しているのはあなたではなく、私です」
 聞いたことがある。地下の世界には人の心を読む覚りという種族がいるとか何とか。確か名前は古明地さとり。
 もしかして彼女がそのさとりだとすれば、我が輩の心の声を読んでいるのだろうか。この胡蝶夢丸の、誰にも伝えられなかった心の声を。
「え、胡蝶夢丸!? え、だって、丸剤?」
 戸惑い驚く、少女A。何度も我が輩の方を指さしながら、信じられないといった面持ちで赤々とした肢体をなめ回すように眺めている。我が輩、不覚にも興奮。
「何故丸剤が……これも付喪神の一種なんでしょうか」
 興味深そうな少女A。確かに隣で山と積まれた湿布達が急に喋りだしたら、さすがの我が輩も驚きを隠せない。腰があれば腰を抜かし、足があれば足を震わせていたことだろう。
 物は喋らない。そして意志を持たない。それこそ付喪神にでもならない限り。
 だとしたら、我が輩ってば本当に付喪神?
 今更ながらに気になった、己の自我。はてさて、我が輩ったらいつから自我を持つようになったのかしら、と。考えてみても、そんな事覚えているはずもない。なんなら、そこらを歩いている妖怪妖女共に同じ事を訊いてみるといい。あなたはいつから自我を持つようになりましたか。
 答えは決まっているだろう。知るか、ボケ。
 だから我が輩の答えも一つだ。アイラブユー。
「お断りします」
 失恋、号泣、丸剤につき省略。我が輩、振られた。
 一夏の淡い恋だった。
「今は冬でしょうに」
 少女Aの外気よりも冷たいツッコミを浴びながら、我が輩は静かに思いを侍らすのであった。もしかしたら、この少女を介して我が輩の夢は叶うのかもしれない。
 成層圏に飛び立った夢が、パラシュートを付けて戻ってきている。
 まだまだ諦めるには早かったのだ。
「?」
 首を傾げる少女A。
 そうこれが、我が輩と古明地こいしの出会いだったのである。
 ……………………。
 我が輩、間違えた。古明地さとりだった。
 めんご、めんご。
「何なんでしょう、これ……」





 古明地さとりの心療所。それが我が輩と彼女が始めた新しい仕事場の名前だ。
 八意殿も多忙な御方。メンタルケアまでは手が回らず、ついついいい加減な仕事をしてしまいがち。そこで我が輩、考えた。八意殿がどうにもできないような、心の病を持った人間や妖怪を我が輩達で治してあげようではないかと。
 我が輩、必死に説得したね。それはもう土下座する勢いで。その熱意に負けたらしく、古明地さとりは頬を染めながら頷くのであった。まる。
「妄想お疲れ様です」
 将来設計が僅か二文字に縮められた屈辱、これはもう言葉では言い表せない。妄想を現実にしていこうじゃないか、古明地嬢。需要あるって、絶対。
「あるとしても、私が主治医とかありえません。嫌われ者の覚りに悩み相談などと、馬鹿馬鹿しいにも程があります」
 我が輩は好きよ、性的な意味で。
「磨りつぶしますよ」
 え、やだ、なにこの子。怖いんですけど。
 目が本気なんですけど。
「したいのでしたら、誰か他の方を誘ってください。少なくとも、私には向いていない」
 だけど覚り以外で、我が輩の声が聞こえる者はいない。そう考えれば、さとり以外で我が輩が組める相手などいないのだ。
 消去法に聞こえるかもしれない。だけど、仮に覚りが沢山いたとしても我が輩は古明地さとりを選んだだろう。それだけは確信を持って言える。
 何故ですかって?
「言ってません」
 君の瞳が綺麗だったからさ。
 ……なにこの雰囲気。完全にギャグがすべった時と同じ空気なんだけど。
 寝ないで考えた台詞が滑るはずはない。だとしたら悪いのは古明地嬢か。
 ああ、いわゆる無言ギャグってやつですね。面白くないぞ。
「帰ります」
 すいません、この丸剤めが調子にのりまして。我が輩の方からきつく言っておきますんで、どうかここはお慈悲を。
 我が輩の必死の説得に心を打たれたのか、古明地嬢はゆっくりと腰を降ろした。
「だから勝手に捏造しないでください。思いっきりドアノブを握って帰る気満々じゃないですか」
「誰と話してるのよ」
 ガチャリと扉が開き、顔を覗かせたのは八意殿。処方が終わったのか、はたまた独り言を続ける古明地嬢が気になったのか。どうやら後者らしく、診察室の中をぐるぐると見渡した。
「誰も居ないじゃない。変ね」
 大変だぞ、古明地嬢。このままではあなたが、一人になるとすぐ何かを呟き出す危ない妖怪だと思われてしまう。
 これには一理あると思ってくれたらしく、古明地嬢は弁明を始めた。
「胡蝶夢丸と話していたんです」
「……どうやら脳の薬も必要なようね」
 そう言って、八意殿は去っていった。あーあ、やっちゃった。
 鋭く睨まれても、悪いの我が輩じゃないし。素直すぎる古明地嬢の心が悪いんだし。
 ちょっとはウチの兎殿を見習ってはどうだろうか。
「暴くのは得意でも、嘘を吐くのは苦手なんです。それよりも、困ったことになりました」
 『地下の妖怪、古明地さとり。今日も薬とお話か!!』。三面記事のトップを飾るとしたら、こんな感じになるのだろうね。
 きっと、古明地嬢を見る目も温かくなるだろうよ。
「私には妹がいるんですよね……あの子もそういう目で見るようになるんでしょうか」
 せいぜい、お姉ちゃんなんか大嫌い、ぐらいではなかろうか。
 我が輩の素直な感想に、何故か古明地嬢が崩れ落ちる。変な呻き声をあげながら、床板をバンバンと叩き始めた。ははあ、あの辺りに大判小判が。
「ここ掘れワンワンじゃないんですよ! どうするんですか! あの子に嫌われたら、私、私もう生きていけません!」
 力説する古明地嬢の頬を、大粒の涙が流れ落ちていく。よほど妹さんの事を愛しているのだろう。こうまで思われているなんて、肉親とはいえ羨ましい話だ。
 俄然、何とかしてあげたい気持ちが強くなってくる。
 そうだ、これを一歩目にすればいい。今の古明地嬢はまさしく、悩める子羊状態ではないか。それにこの問題を解決すれば、古明地嬢の気持ちだって変わるかもしれない。
「それは変わりません」
 思惑筒抜け。内緒話とか出来ないね。
 まぁ、それはいいとして。とにかく彼女を何とかしよう。
「何とか言っても、丸剤が私に何をしてくれるんですか」
 改めて、我が輩の出来ることをリストアップしてみた。
・思考
・会話(ただし古明地嬢限定)
 うわあ、役立たずだ。
 振り返って初めて分かることもある。我が輩、また一つ勉強になった。
 いや待てよ。そもそも大事な事を忘れているのではないだろうか。
 我が輩は胡蝶夢丸。八意殿に作られた薬だ。
・快適な夢を見せる
 これがある。そうだ夢がある。
 古明地嬢よ。
「なんですか」
 あなたの悩みを解決する手段を思いついた。我が輩を飲めばいい。
「それでは、あなたはどうなるのです。さすがの私の意志のあるものを飲みたくはない」
 遠慮は無用。何だかんだと言い逃れてきたが、所詮我が輩もただの薬。苦しんでいる者の為に飲まれ、それで全てが上手くいくのなら本望なのだ。
「……そこまで強い決意がおありとは。あなたが全ての原因な気もしますけど、その心意気だけはしかと受け取りました。それで、具体的にはどうするのですか」
 まず我が輩を飲む。
「はい」
 そして横になって眠る。
「はい」
 現実逃避って素敵だと思わない?
「……………………」
 我が輩、磨りつぶされて粉になるの巻。





 まぁ、生きてるんですけどね。不死身、不死身。
 ひょっとして我が輩、蓬莱の薬じゃないのかと自分を疑ってみたりする。あれは薬界でも話題の一品で、誰しもが憧れの念を抱きながらああなりたいなと呟くのが最近の流行らしい。嫌われものの胡蝶夢丸のナイトメアタイプとは大違いである。まったく、ああいう悪夢を見せる薬とか我が輩はどうかと思うよ。
 まぁ、意志を持ってる薬なんか我が輩ぐらいだし、どこの流行なのかは定かではないのだけど。
 流行の発信源、胡蝶夢丸。ここが話題の最先端である。
 閑話休題。
「もうすぐ八意永琳が帰ってきます。精神安定剤とか、その類の薬を持って」
 ジャスミンティーですね、分かります。
「違います」
 どうやら古明地嬢にとって精神安定剤とは薬のことらしい。変わった言い方をするものだ。
 しかしいずれにせよ、今の古明地嬢には必要なものなのかもしれない。ハツカネズミのように部屋の中をウロウロする姿を見ていては、そう思わざるを得なかった。
 考える人という題名を付けられそうだが、こんなアグレッシブに考える人は嫌である。せめて動くなら夜中とか、そういった怪談チックな雰囲気を残して貰いたい。我が輩、そういうところには拘る薬ですから。
 などという思考も筒抜けらしく、キッとこちらを睨み付ける古明地嬢。
 よせよ、見つめても出てくるのは溜息だけだぜ。
 秘伝の口説き文句、其の七。あえなく撃沈。潜水艦だったと思いこもう。
「こうなったら最初から説明するしか……」
 呟く古明地嬢などお構いなしに、部屋の扉は開かれる。ああ無情。
「さて、とりあえず席に座って貰えるかしら。何か言いたそうな顔だけど、話ならそれから聞くわ」
 先手必勝とばかりに、先陣をきったのは八意殿。これには古明地嬢も反論の余地はなく、大人しく席に戻っていった。くるくるとよく回る椅子に座り、何故か一回転してから八意殿を正面から睨み付ける。
 その眼力たるや、並の妖怪ならば財布を渡しそうな鋭さだ。我が輩、無一文で良かったと心の底から思う。
「あなたは私の頭がおかしくなったと思っている」
「思ってないわよと言っても、あなたには通用しないんでしょうね。まったく、やりにくい患者だわ。そうよ、そう。心の読み過ぎでとうとう頭がおかしくなったんだと思っているわ」
「素直は美徳ね。だけど、勘違いは汚点。人の話は最後まで聞くことをお勧めするわ」
 古明地嬢も、我が輩の口説き文句とか途中で区切ったわけだけど。そういう己の過ちは認めない方向性なのですね。
 ちょっとした指摘も、あっさりとスルー。どうやら本気で弁明しているらしく、我が輩ったらちょっとばかり寂しい。
「それもそうね。だけど一つだけ確認したいことがあるの。薬は喋らない」
「勿論、異論はないわよ。薬は喋らない」
 素直な古明地嬢に、八意殿は驚いている。
「意外ね。てっきり反論してくるものだと思っていたのに」
「基本的に薬は喋りません。それは私も認めること。ですが、もしもその薬が付喪神になったとしたらどうですか?」
「付喪神?」
「ええ。付喪神」
 なかなかに上手いやり方だ。まず相手の言い分を認める。認めた上で己の主張を被せれば、相手の主張を否定しないままに己の論理を聞いて貰える。心が読めるだけあって、こういった作業はお手の物なんだろうか。
 ますます好感度がアップした。これはもう胡蝶夢丸ルートとか入ってるんじゃなかろうか。EDは涙を流しながら古明地嬢が我が輩を飲むとか、最近流行っている悲恋の方向でお願いしたい。
「付喪神ゆえに意志を持った。しかし喋ることはできない。だからあなた達には声が聞こえないものの、私は覚り。口がなくとも心があるなら、その声を聞くことができる」
「なるほど、動物の声を私達が聞けないようなものね。それなら話は納得だわ」
「理解して貰えたなら助かるわよ」
「ところで、どの薬が意志を持ったというの?」
 無言で古明地嬢は我が輩を指さした。突然のご指名に、鋼の心臓を持っている我が輩も思わずドキドキしてしまう。
 八意殿の姿は何度も見たことがあるけれど、こうして向き合うのは初めてのことだった。いわば生き別れになった母親との再会。一言目に何を言おうか、思わず悩んでしまう。
「ちなみに、一応その薬はあなたに感謝をしているそうよ。母親のように思っているらしいわね」
「薬からそう思われてるなんて、なんかやりづらいわね」
「いいじゃないの、お母様」
 変人扱いされた仕返しだろうか、古明地嬢の口調はからかっているようだ。苦虫を噛みつぶしたような顔をして、八意殿は我が輩の詰まった瓶を持ち上げた。アレですか、フィギュアを下から覗き込むというアレですか。我が輩、今日は何もはいてないの。
「いつも全裸でしょうに」
「は?」
「いえ、こっちの話」
 母親の前で下ネタ披露とか、古明地嬢は鬼か。エロ本を見つけられるよりも若き丸剤の心は傷つくのです。
「しかしどうしたものかしら。付喪神になった薬を、そのまま使うわけにはいかないわよね」
「喋ることはできずとも、意志は持っているようですから。まぁ、少なくとも私は飲む気になれません」
「これが人魚姫なら薬で声をあげるところなんだけど」
「相手は丸剤ですよ。足は元々無いし、そもそも薬に薬ってどういうことですか」
「そうなのよね」
 困り顔の二人。こんな美人を二人も困らせるなんて、我が輩ときたら罪作りな丸剤だ。
 いいだろう、今宵は二人纏めて相手してあげよう。
 我が輩の両腕は、いつだってフリーなのだ。
「どうでもいいですけど、何だってあなたの語彙はときどきそうやって古くなるのですか」
 八意殿の見ている本をチラ見した結果であろう。さすがに我が輩、恋愛経験はそれほど無いのでな。
「ほお、その本は何処に?」
 机の引き出しの上から三つ目。
 言われた通りの場所を探し、何かに気付いて慌てる八意殿をよそに、古明地嬢はその本を取り出した。そう、かの有名な『シチュエーション別、口説き文句』である。著者は言わずと知れた八坂神奈子。妖怪の山に住んでいるという神様だ。
「ちょっと!」
 動揺する八意殿に構わず、古明地嬢はおもむろに本を開いて吹き出した。
「き、紀元前の口説き文句ですか、これは……」
 そう言いながら机にもたれかかり、腹を抱えている。なんだか、あれってばかなり古いもんだったらしい。それを有り難がって愛読していた八意殿を思うと、なんだかこう寂しい気持ちになってくるな。
 久方ぶりに見た八意殿の真っ赤な顔も手伝って、古明地嬢はしばらくの間ずっと大笑いをしていたという。






 我が輩には夢があるのです。人々を悩みを解決してあげるという、壮大な夢が。
 それを叶える為に、まだまだ飲み込まれるわけにはいかないのですよ。
「私に飲まれても良い、というような発言をさっきしていたような」
 若さゆえの衝動です。暴走です。無かったことにしてください。
 薬は失敗を積み重ねて、成長していく生き物なのですよ。
「生き物じゃないでしょうに」
 細かいことを気にしていると妹さんに嫌われますよ。
「ぐっ」
 古明地嬢の弱点発見。今度はこれを活用しよう。
「おのれ……」
 端から我が輩達の会話を見ていた八意殿。閉じていた口を開いて、淡々と一言。
「やっぱり頭がおかしな人の会話にしか見えないわね」
「まぁ、私があなたでもそう思ったことでしょう。もう反論はしませんよ」
 理解していても、それでも理解できない光景というものはある。人生とはままならないものよ。だからこそ、我が輩のような人生経験豊富な丸剤が立ち上がる時だと思うのです。何度も言うように足は無いけれど。
「それにしても、胡蝶夢丸が人生相談ね。長いこと生きてきたけど、そういった案は初めて聞いたわ」
「私だって、薬に付喪神がつくなんて初めて見ました」
 我が輩も。
「確かにメンタル面での医者は必要としているし、似たような構想は私にもあったわよ。まぁ、任せるのはウドンゲだけど。それにしたって、丸剤が主治医というのは……」
「名目上は私を主治医、胡蝶夢丸がサポートということにしたかったそうです。いずれにせよ滑稽な話ではありますが」
「飲ませるなら分かるけど、相談相手となると難しいわね。大体、あなたが窓口だったら寄りつく客も寄りつかない」
「はっきり言ってくれますが、私もそう思っていました」
 我が輩の夢、思ったよりも前途多難らしい。なんだか宇宙飛行士の方が楽な気がしてきたぞ。
「ただまぁ、あなただと分からないのであれば面白い話かもしれないわね」
「……変装をしろと?」
「さすが話が早いわね。覚り相手だと説明する必要がないから便利でいいわ」
 古明地嬢だと分からなくても、素性不明の医者ならば誰だって怪しむだろう。それでも覚りとばれるよりかはマシだと言うのだから、幻想郷でどれほど覚りという種族が恐れられているのかが窺える。
 渋い顔の古明地嬢は、八意殿の案を蹴った。
「どちらにせよ、胡蝶夢丸が相談相手というのは……」
「いえ、よくよく考えてみればそれほどおかしい話でもないわ。確かに薬は喋られない。それはマイナスでしょうけど、あれは人々に良い夢を見せる薬なのよ。無意識のうちに相手の願望を見抜く力があるのだとすれば、それは相談相手として素晴らしい力を持っていることになるわ」
 我が輩の言いたかったことを全部八意殿が言ってくれた。黙っていたのはそういう訳があったのです。決して口を挟む余地がなかったわけでなく、敢えて黙ることによって望んでいた意見が出るのを待っていた。
 本当です。本当に。
「給料なら払うわよ。どう、一回ぐらいやってみない?」
 真剣な表情の八意殿。それでも古明地嬢の表情は優れない。
「ですが、人と喋るのはあまり得意では……」
 それは我が輩が全て担当しよう。古明地嬢は我が輩の言うとおりに喋ればいい。
「うう……」
 段々と逃げ道を塞がれていく古明地嬢。彼女が了承するまでに、さほどの時間は要しなかった。
 こうして古明地嬢が我が輩の声となったのである。






 さっそく開店した、謎の覆面美少女によるお悩み相談室。当然のごとく客はまったく来なかったのだけれど、物珍しさで顔を覗かせる輩は何人かいた。
 永遠亭の姫も、そんな一人だった。
「実は最近、妹紅が冷たいのよ」
「あれほど炎を出しているのに?」
「いや、物理的な意味じゃなくて」
 姫と妹紅の仲の悪さは、瓶詰め丸剤である我が輩の所まで届いているくらいだ。てっきり姫も妹紅を憎んでいるものと思っていたのだが、どうやらそういうわけでもないらしい。
「なんか殺し合いにも熱が入っていないというか、気もそぞろというか。前は私だけを見て、必死の形相で殺しにきてくれたんだけど。この頃はどうも上の空で、ただ作業的に殺そうとしているみたいで……」
 なんとも物騒な話だが、端から聞いていると恋人への不満にしか聞こえない。現にこの姫様、どうやら妹紅に好意を持っているようだ。本人はまったく気付いていないようだけど。
 ここは己の気持ちに気付かせない方が良いだろう。変に自覚してしまったら、また面倒くさいことになる。
「それは彼女だけの問題ではないでしょう。あなたにも問題がある」
「私に?」
「あなたは何か努力しましたか。彼女が自分に振り向いて貰えるような、そういった努力を」
「ま、まったくしてないわ」
「だとすれば、彼女が作業的になるのも無理はない。努力を怠れば、自然と結果も悪くなる。まずはあなたが振り向いて貰えるように努力すべきだと、私は思うのですが」
 我が輩が思ったことを、そのまま古明地嬢が伝えてくれる。姫は顔を俯かせ、ふるふると震えていたかと思えば、次の瞬間には狐憑きのように勢いよく立ち上がった。丸椅子が吹き飛ばされ、床の上を転がっていく。
「そうよね! 妹紅が殺してくれるように努力をすべきだったわ!」
「その意気です」
「まずは、これから毎日妹紅の家を焼きましょう」
 姫の悩みは解決したようだが、どうやら新しい悩みを抱えた患者がやってきそうだ。商売繁盛。結構なことである。
「次の方」
 しかし次の方は現れない。これで客足も途絶えたのかと思ったら、いきなり扉が開いたではないか。誰もいないのに。これが世に言うホラーなのか。
 俄に我が輩も緊張しはじめたのだが、入ってきたのは意外な奴であった。
 コロコロと転がる、丸剤詰めの瓶。その中身に我が輩は見覚えがあった。
 あの黒い容姿。忘れるはずもない。
 胡蝶夢丸、ナイトメアタイプ。我が輩とは違い、悪夢を見せるという恐ろしい薬だ。
 誰が転がしているのか。
 まさか……。
「初めましてと言うべきでしょうか、胡蝶夢丸。と、あの薬が言っています」
 最悪の予感は的中した。意志を持ったのは我が輩だけではなかったようだ。
 そのあまりの凶悪さから隔離され、今や薬界でも知らぬ者はいないという悪名高き丸剤。話したことは当然のように無いのだが、ウマが合うはずもない。我が輩は人々を幸せにする薬。だが奴は人々を苦しめるだけの薬だ。
 何をしにきたのかと、そう問いかけるのは必然であろう。通訳の古明地嬢が、何故か感情をたっぷりこめてナイトメアタイプの言葉を伝えてくれる。
「あなたと私は同時期に作られた。あなたに付喪神が宿るのならば、私に宿ってもおかしくはない。ただ、それだけのことよ」
 意志を持っているのは我が輩だけでないと、そう言いにきたのか。刺々しい心の声は、古明地嬢によってナイトメアタイプへと届く。なんとも忙しいことだが、少しの間だけ我慢して貰いたい。
「いいえ、違うわ。ちょっとばかり、あなたと話したいことがあってね」
 我が輩と? 生憎、我が輩はお前と話し合うようなことなどない。
 帰ってくれないか。
「そうもいかないわよ。こうして、力を振り絞ってやってきたんだから」
 所詮、我が輩達はただの薬である。歩くこともできない。なのに無理をしてまでやってきたというのだから、少しぐらいは話を聞いてやっても良いのかもしれない。
 仕方ない。話というのは何だ。
「かつて、私達は一時期だけ同じ棚の中にいた。それは覚えているわよね?」
 無論。
「あの時に付喪神は宿っていなかった。だけど、私は前々から一つの感情に囚われていたように思うのよ」
 ほお。そこまでして抱いていた感情とは、一体何なのだナイトメアタイプ。
「ずっと前から、あなたのことが好きでした! って、えええええええええええええ!!」
 古明地嬢、腰をぬかす。無理もない。
 我が輩も抜かした。腰がないのに。
「その赤々しい身体に目を奪われて以来、ご飯も喉を通らないって、当たり前でしょう! いや、その前に薬同士の恋愛なんて、有り得ない……」
 突然の告白。突然の好意。
 これで驚かない男がいたとしたら、そいつは非国民である。
 当然のように我が輩は狼狽。人の悩みにはあれほど流暢に返していたのに、実際自分の悩みが浮かんできたら頭の中は真っ白だ。
「もうあんな暗い部屋に閉じこめられるのは嫌。出来ることなら、あなたと同じ棚にいたい。ええー」
 露骨に嫌そうな顔をする古明地嬢。
 だが、我が輩はそれどころではなかった。どうする、どうする我が輩。相手はあのナイトメアタイプ。人々に悪夢を見せつけ、それを本望だと宣っているかもしれない薬だ。
 見た目だってどうだ。あの毒々しいまでに黒い身体つき。整った球体は見るだけで唾を飲み込み、よくよく見れば光沢を放つ黒さは美の化身でもあるようだ。ほお、あれが我が輩のことを好きだと。
 ……悪くないね。
「心変わり早ッ!」
 そもそも、薬も毒も表裏一体。我が輩の効能とて、悪用しようと思えば誰にだって悪用できる。その逆もまた然り。
 どちらが優れているとも言えず、またどちらが悪なのかも断定できない。
 そういった価値を付けること自体が、そもそも間違っているのだとしたら。我が輩達も歩み寄る時期なのかもしれない。
 とても嫌そうな顔でそれを伝えた古明地嬢。
「つまり返事は?」
 了承、ということだ。
 我が輩の言葉に、ナイトメアタイプは瓶を震わせて喜んでいた。
 一方の古明地嬢も身体を震わせている。もっとも、こちらは歓喜というわけではあるまい。
「納得いきません!」
 何がだろう。
「私にだって彼女がいないのに、どうしてあなたのような薬に彼女が出来るんですか!」
 彼氏ではないのか。
「妹は女です」
 ああ、そう。
「あなたの夢が人々の悩みを解決することだというのなら、私の悩みも解決してみせてください。さあ、どうやったら私は妹と付きあうことができるのですか!」
 最後の最後に難題だ。
 姫の出した難題よりも、遙かに難しい問題である。これはもう懸賞金を付けられてもおかしくはない。
 しばし我が輩は考え込み、やがて思ったことをそのまま伝えてみた。
 性転換したら?
「……………………」
 後の古明地さとしである。






 我が輩は胡蝶夢丸。八意殿に作られた薬だ。
 隣にいるのは胡蝶夢丸ナイトメアタイプ。これもまた八意殿に作られた薬だ。
 生憎と古明地嬢はどこかへ旅立ってしまったらしく、意志の疎通もままならない。だけど二人とも気にはしていなかった。
 我が輩達は付喪神。そのうち時間をかければ、やがて声を獲得するだろう。
 その時に何を話そうか。とりわけ、プロポーズの言葉には頭を悩ませている。まだまだ付き合い始めた我が輩だけど、そういった事はちゃんとすべきだと思うのだ。
 おかげで最近はそればかり考えている。
 だからお悩み相談室も閉店した。なにせ、いま一番悩んでいるのは我が輩自身なのだから。
 完。











「最近、輝夜の奴が毎日家を焼くんだけど……」
「お姉ちゃんがマッチョになった」
「というか、ナイトメアタイプは元の棚に戻したいんだけど」
 知らんがな。
 
音を手に入れ、彼女を手に入れ。それでも悩み続ける君の名は?
八重結界
http://makiqx.blog53.fc2.com/
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2010/03/20 20:07:53
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2010/03/20 20:07:53
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97
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Rate:
1.74
1. 通常ポイント5点 お題ポイント5 ■2010/03/21 04:12:50
さとりとアホな胡蝶夢丸のやりとりが小気味良かった。こういう会話は羨ましいなぁ。
古明地さとしさんはマッチョなんですか怖いです;;
2. 通常ポイント5点 お題ポイント3 じろー ■2010/03/26 16:07:17
家を焼くで、チャ―ジマン研を思い出し笑ってしまいました。

ギャグということですが、もう少し文体に気を使ってもよかったと思います。
崩すところは崩してもいいのですが、かなり崩れたままずっとい進んで行ってしまったので、メリハリが欲しい所です。
独り語りのギャグは、あまり多用しすぎると、テンポを崩してしまう恐れがあります。

あとがきの音とは、心の声ということですかね。君の名は?というニュアンスも気になります。
単純に心を持ったから、名前をつけるべきというような解釈なんでしょうか?

と、そんな感想を持ちました。
3. 通常ポイント8点 お題ポイント2 ワタシ ■2010/03/28 00:15:16
その発想は無かった。
さとりんが無茶振りに対する万能キャラすぎる…。
4. 通常ポイント6点 お題ポイント3 ぶるり ■2010/04/01 17:57:10
 私このSSスゴイ好きです。胡蝶夢丸主人公という時点で訳分からないのですが、登場人物がまた皆訳分からない(誉め言葉)。
 意外性がありながら妙にまとまっている展開、妙に立っているキャラクター、そして妙な語り口。とても良いコメディーだと思うのです。
 ツッコミどころも満載でしたし、落とし方も見事。面白かったです。
 
 一方お題の使い方は結構苦しい気がします。
 あまり高い点にはなりません。まぁ面白かったので個人的には満足。
5. 通常ポイント8点 お題ポイント3 藤村流 ■2010/04/02 13:21:00
 笑った。
 会話が軽妙で、オチもしっかりしていて面白かったです。
6. 通常ポイント5点 お題ポイント5 静かな部屋 ■2010/04/02 20:40:56
【内容のこと】
 なんか、凄く新しい。薬視点というのも、面白い。てか、薬のキャラが良すぎる。これだけあけすけにしてても、さとりんに愛想を尽かされないとか羨ましすぎる。
【お題のこと】
 「くすり」の使い方が、ずば抜けて変わってましたねー
他のお題の使い方も良かったです
7. 通常ポイント10点 お題ポイント3 飛び入り魚 ■2010/04/02 21:44:26
 非生物フェチの俺には堪らないSSじゃないか!
 ナイトメアがやってくる展開はむしろ鳥肌物ですぜ。
 「シチュエーション別、口説き文句 著:八坂神奈子」なんて吹かざるを得ない。
 お題との関係が薄いのが玉に瑕か。それでも薬が主人公っていい発想。
8. 通常ポイント9点 お題ポイント6 時計屋 ■2010/04/02 22:24:30
まさか「くすり」を主人公にもってくるとは。その発想にまず度肝を抜かれました。
胡蝶夢丸のキャラもいい味を出しています。さとりとの掛け合いも面白い。
相談室のシーンとか、もっと色んなキャラを相手にするところを見てみたかったくらいです。
短編で終わってしまうのがもったいないほど、良質なSSでした。ありがとうございました。
9. 通常ポイント8点 お題ポイント9 Ministery ■2010/04/02 22:40:09
どうすればこんな発想が生まれるのか!
10. 通常ポイント7点 お題ポイント5 K.M ■2010/04/02 22:55:49
なんというやりたい放題。そして投げっぱなし。
読んでいて楽しかったです。
11. 通常ポイント9点 お題ポイント6 文鎮 ■2010/04/02 23:27:35
まさかの胡蝶夢丸が主人公ですが、どこもおかしい部分はありませんね。どんどんやりましょう。
カオスのように見えて、実のところきれいにまとまっているように思えます。笑わせていただきました。
12. 通常ポイント9点 お題ポイント6 ねじ巻き式ウーパールーパー ■2010/04/02 23:28:57
内容について:
軽妙洒脱と申すのでしょうか。ユーモアに溢れた展開、筆致は文句のつけどころのない物で、大いに笑わせていただきました。
それにしても胡蝶夢丸いいキャラしてる。

お題について:
【くすり】3+1点。文句なしです。
【きみ】【音】それぞれ1点で。何となく分かったような分からなかったようなだったので……。
13. 通常ポイント8点 お題ポイント4 パレット ■2010/04/02 23:41:23
申し訳ありません、時間が差し迫ってますので感想は後ほど……。
14. フリーレス 名前が無い程度の能力 ■2010/04/05 00:20:28
まず最初の一文にギョッとさせられました。
主人公に「くすり」を持ってくる人が出るとは思いませんでした……。
読み進めているうちに胡蝶夢丸(こう見るとカッコいい名前ですね)さんの面白い語りにくすりとさせられ、
荒唐無稽な展開にそのまま突っ走る様に思わず引き込まれてしまいました。
まさかのライバル登場には椅子のうえで仰け反ってしまいましたとも(そうです。私は日本国民です)。
二転三転と読者を驚かせる姿勢、見習いたいものです。
湿布の行、ここ掘れわんわん、顔を赤くする永琳がお気に入りです。
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