部下の心、虎知らず

作品集: 最新 投稿日時: 2010/03/20 20:05:13 更新日時: 2010/03/20 20:05:13 評価: 11/11 POINT: 82 SPPOINT: 55 Rate: 1.78
 ネズミがきたな、と寅丸星は思った。
 元々は虎の妖怪である彼女にとって、目よりも鼻の方が頼りになる。言葉や外見を取り繕ったところで、本来持っている匂いまで消すことは難しい。それこそ香炉を炊くか、あるいは行水でもしない限り星の優れた嗅覚から逃れることはできないのだ。
 だから御堂の中に入ってくるよりも早く、星は彼女を察知していた。そして気配が分かり、最後に容姿を確認する。
「挨拶はいいよ。別に私は君と仲良くするつもりなんて全くないからね」
 人を小馬鹿にした態度も、見下している目つきも、全てが心からのものだと匂いが告げていた。呆れるほど露骨な嫌悪感を示され、反感を覚えるよりも好感を抱いてしまう。
 星のいた山には多くの妖怪が住んでいたけれど、どいつもこいつも老獪さを競うように磨いた化け物達ばかり。言葉では褒め称えても、その裏では虎視眈々とこちらの失脚を狙っている。根が真っ直ぐな星には、はっきりいってウマの合わない連中ばかりだ。
 確かに、目の前の妖怪からも老獪さは感じる。おそらく力よりも知を重視し、策士として能力を発揮するタイプなのだろう。それでも星の嗅覚は、彼女が真っ直ぐな妖怪であることを教えてくれている。
 一目で分かった。
 自分は、この子を気に入っているのだと。だから忠告代わりの言葉も無視して、勝手に自己紹介を始めたのだ。
「はじめまして、私は寅丸星。ここで毘沙門天様の代わりを勤めています」
 後にナズーリンと呼ばれる妖怪は、不機嫌そうな顔で言った。
「君は人の話を聞かないんだね」
「ええ、まったく」
 これから未来の二人を知る者にとって、この結果は意外に思われるかもしれない。ナズーリンと寅丸星の長きに渡る言い争いの歴史。その初戦を飾ったのは、寅丸星の白星だったのである。











 ナズーリンは決して働き者ではなかった。だが優秀だった。
 最近まで野山を駆けめぐるだけだった星にとって、毘沙門天代わりの実務は頭を悩ませる作業の一つだ。神様なんてのはただ座して下界を見下ろしているだけの存在と思っていたけれど、これはこれで大変な仕事らしい。
 妖怪達からの陳情を纏め、時には解決に動き、その一方では人間達とのバランスも保つ。根が真面目な星でなければ、今頃は放り出していたに違いない。しかしどれだけ一生懸命だろうと、慣れないものは慣れないのだ。
 これまで毘沙門天に仕えていたナズーリンは全てを上手くこなしてくれるのだけど、毘沙門天の代わりは自分なのだ。ナズーリンに仕事を押し付けるわけにはいかない。
 それを分かっているからなのか、はたまた単なる意地悪なのか。ナズーリンは命令しなければ星の仕事を手伝うこはしなかった。
「まぁ、さすがに毘沙門天様も最初から全てを求めたりはしないよ。君がどれだけ無能だろうと、すぐに落第の判を押すわけじゃない」
「激励ですか、ありがとう」
「注意だよ。後から文句を言われたらたまらないからね」
 初対面の印象が最悪だったらしく、ナズーリンの口調はいつも刺々しい。星としてはもっと仲良くしたいのだけれど、そうやって拗ねた子供のように突っかかってくるナズーリンが魅力的に見えているのもまた事実だ。
 ただどうしても、星には気になることがあった。巻物を丸め、紐でくくる。ナズーリンがいれてくれた渋いお茶を飲みながら、暇そうに外を眺めている彼女へ話しかける。
「ところで、そろそろ名前で呼んでくれませんかね。君では、他人行儀です」
「他人だろう。君で充分だ」
「個人的には星さんとか、星様とか、何なら別にご主人様でもいいんですよ」
「私は別に君の部下じゃないんだぞ」
 毘沙門天から派遣された監視役。それがナズーリンである。確かに厳密には部下でないものの、似たようなものだと星は勝手に判断していた。
「君とか、お前でなければ何でもいいんです」
「呼び方なんか、それほど拘る必要もないだろ」
「大ありです。君という響きには親しみの音がない。これでは、いつまで経ってもナズーリンとの仲は縮まりません」
「だから縮める必要はないと言うのに」
 仲良くしたい星と、あくまで監視役に徹するナズーリン。こういったやり取りも、初対面の日から何度繰り返してきたことだろう。どちらもよく飽きないなと、仲間達は苦笑しながら言っていた。
 少なくとも、星が諦めることはない。虎は貪欲なのだ。一度目をつけたのなら、獲物が諦めるまで追い続ける。
「では、試しに一度呼んでみましょう」
「何故だ」
「何事も経験が大切なのです。とりあえず一度だけ呼んでみて、それで違和感があるのならまた別の呼び方を考えましょう」
「相変わらず、君は人の話を聞かないね」
 手を変え、品を変え。それでもナズーリンが屈することはない。
 あちらもあちらで根気強いものだ。
 たかが呼び方、されど呼び方。
 もしもナズーリンが星を君と呼ばなくなったのなら、きっと二人は本当の意味での主従になっているだろう。寅丸星にはそういった確信があったのだ。
「あ、ナズーリンに合わせてダーリンでも良いですよ」
「突くよ。ダウジング棒で、目を」
 例え、その望みが薄いとしても。










 寅丸星は決して優秀ではなかった。だが働き者だった。
 妖怪達からの人望も厚く、聖白蓮からも信頼されている。統率力という面に関しては、あるいは天賦の才を持っているのかもしれなかった。そういった能力においては、ナズーリンも一目おいている。
 だが、実務になるとてんで駄目だ。とにかく彼女はよくミスをする。それもうっかりミスから、取り返しがつかないミスまで。そういった競技に参加しているのかと思うほど、兎にも角にも星はミスをする。
 端から見ていると不安で、何度も手伝ってやりたい衝動に駆られた。現に何度か手伝ったこともあるし、それでお礼を言われた回数だって両手では数え切れない。見捨ててしまってもいいはずなのに、不思議と気が付けば彼女の手助けをしていることもよくある。認めたくはないが、彼女には支えてやりたくなる何かがあるのかもしれなかった。
 もしも毘沙門天の派遣した監視役がナズーリンでなければ、今頃は星の補佐官として影ながら彼女を支えていただろう。
 ただ、自分はナズーリンだった。毘沙門天にすら忠誠を誓ったわけでなく、危なくなれば真っ先に逃げ出す鼠の妖怪。形式的には仕えたとしても、決して忠臣にはならない。あるいはそれを見越して、毘沙門天も派遣したのかもしれない。
 一から十まで手伝うようならば、星の能力を見誤る可能性だってある。一応は毘沙門天の弟子という名義になっているのだ。迂闊な奴だったならば、毘沙門天の名にも傷がつく。
 今のところはまだ挽回可能な範囲だけれど、彼女のミスがどこまで響くのか。
 もしも預かり物の宝塔を無くすような事があれば、確実にお役御免なのだけれど。さすがに、そこまでのうっかり者でもないだろう。
「ナズーリン、私の文鎮知りませんか?」
「……君が手に持っているのは何だい」
「おお、こんな所に!」
 そう、信じたい。










 季節の変わり目になると、妖怪や人間からの陳情が俄に変わり始める。たとえ種族が違えども、風邪という流行病には弱いようだ。
 人間の方は遠方から医者を呼ぶとしても、問題は妖怪の方だ。星達が暮らす山には河童がおらず、天狗達にも薬の知識を持った者はいない。聖が多少齧っている程度だが、それでも根本的な解決にはなっていなかった。
「やはり遠くから天狗の医者を呼ぶべきなんでしょうが、時期が時期ですからねえ……」
 こちらで需要が高まっているということは、天狗達が住んでいる山でも重要が高まっているということ。風来坊の天狗でもなければ、呼び寄せることは難しい。
 かといって毘沙門天の力に頼ることもできなかった。醍醐天皇を治癒したとされるだけあって、彼もまたこの時期には引っ張りだこなのだから。せめて、その力の一端でも星にあったのならば話は早いけれど。事はそう上手くいかない。
「宝塔にそんな力が……あるわけないですね」
 仮にあったとしても発動方法が分からない。それを調べるくらいなら、医者を探している方が遙かにマシだろう。
 時間が経つにつれ増えていく陳情書に頭痛を覚えながら、解決策に頭を悩ませる星。これだけの状況にあっては、ナズーリンの力とて借りるしかない。相談しようと決めていたのだが、朝から何故か姿を見ることができなかった。
 寝坊しているわけでもあるまい。彼女は星よりも規則正しい生活を信条としており、星より遅く目覚めることなど一度もなかった。
「おはよう」
 御堂に響く聞き慣れた声。歓喜の表情で星は顔をあげた。
「あ、おはようございます。早速で悪いん、ですが……」
 紡がれた言葉が俄に止まる。
 林檎のように赤い顔。悲しそうに潤んだ瞳。黙っていると聞こえてくる、可愛らしいくしゃみの音。診察するまでもない。
「ナズーリン」
「何も言わなくていい。君の訊きたいことは分かっている」
 喉を押さえながら、ナズーリンは苦しそうに言った。
「風邪をひいた」
 さすがに病人を働かせるわけにもいかない。それにナズーリンとて、そうまでして働きたいとも思わないだろう。
「では、あなたは部屋に戻って休んでいてください。ここは私が何とかしますから」
「出来るのかい、一人で?」
 欲を言うなら手伝って欲しいが、無理を言って悪化させるのだけは防ぎたいところ。心配をかけてはいけないと、精一杯の強がりで微笑みを返す。
「大丈夫です」
 まだまだ納得していない顔つきだったが、そうまで言われたら引っ込むしかない。元々、自分から手伝おうなどと言うような妖怪でもなかった。部屋で休めと言ったなら、その通りにするだろう。
 若干の未練はあるらしく、何度かこちらを振り返りながらも大人しく御堂を出て行った。事が落ち着いたならば、お見舞いに行かなくてはなるまい。
 だが、今はこちらが最優先。ナズーリンのことは聖達に任せるとしよう。
 決意を新たに引き締め、星は山のように積まれた陳情書に向き合うのであった。










 以前にも一度、風邪をひいたことがある。高熱を出して、何日も生死の境を彷徨ったものだ。
 毘沙門天は多忙な神様であり、当然の如く見舞いにくるような知り合いもいない。看病してくれたのはお付きの鼠達で、もしも彼らがいなかったら今頃ナズーリンは此処にいなかった可能性だってある。
 忠誠を尽くす上司はいなくとも、信頼できる部下はいるのだ。今回も彼らだけがいればいいだろうと思っていたのだが、命蓮寺の連中はそれほど放任主義でもなかった。
「どうですか、ナズーリン」
 額に置かれた濡れた布が、冷たくて気持ちいい。目を細め、丁度いい、とだけ答えを返す。
「温くなったら言ってください。また取り替えますから」
「あ、ありがとう……」
 監視役をもてなす輩など皆無であり、親切にされた経験など数えるほどもなかった。だから最初は聖という人間にも何か裏があるのだろうと疑っていたのだが、どうやらこれが彼女の地らしい。
 とにかく妖怪に対して優しく、まるで我が子のように接してくれる。あるいは彼女こそが神様に相応しいのではないかと、そう思えるほどにナズーリンも心を開きかけていた。
「後で一輪達も来るでしょうから、それまで大人しく寝ていてくださいね。お腹が減ったのなら、なにか作りますけど」
「いや、大丈夫だ。食欲はそれほどない」
「それはあまり大丈夫ではないんですけど、まぁ後で様子を見てお粥を作りましょう」
 聖はナズーリンだけでなく、他の妖怪達の看病もしている。だから付きっきりというわけにもいかず、しばらくしてから部屋を出て行った。また来ますと言い残すあたりは、病人の精神をよく分かっていると言わざるを得ない。
 多少の寂しさを感じてしまったナズーリンは、顔を真っ赤にしながら遠慮するよ、とだけ告げたのだ。赤くなったのは熱のせいだけではあるまい。
「まったく、ここの連中ときたら」
 監視役だというナズーリンを、まるで家族のように思っている節があった。だから一輪や村紗も遠慮がなく、平気な顔をして雑用を命じてくる。
「ふむ……」
 思えば、ナズーリンを監視役として見ているのは星だけなのかもしれない。口では主従が良いと言っているけれど、その割には全てを一人でやろうとするし。
 ナズーリンを監視役として見ているのならば、その対応は正しい。どれだけ自分が働けるのかを見せつけ、毘沙門天にも認めさせる。だから決して頼ることはしない。
 だがもしも主従として見ているならば、一輪や村紗達のように遠慮無く命令するべきではないのか。
 例えば、ナズーリンが部下の鼠たちに命令するのを遠慮していたどうだろう。それは要するに、彼らをまったく信頼していない事に繋がるのではないか。
 だとしたら、星は自分を信頼していない?
 いや、ナズーリンは優秀だと何度も何度も言っていた。だとしたらやはり、単に自分を監視役として見ているだけなのか。
 堂々巡りする思考は、決してどこかに辿りつくわけではない。
「そもそも、私は何を考えているんだ」
 監視役として見られている。多いに結構。
 自分はそれを望んでいたはずだ。だから星を君と呼んでいる。
 それなのに先程の考えは、まるで自分を部下として見て欲しいように聞こえるではないか。まったく、そんなことあるはずもないのに。
「風邪のせいだな、きっと」
 そうでなければ、色々と困る。
 咳き込みながらも、ナズーリンは強引に眠りの世界へと落ちることにした。










 運良く医療に長けた天狗を呼ぶことができ、山の流行病は治療の方向へと向かっていた。
 ただ一つだけ、星の頭を悩ませる出来事が一つ。ナズーリンの風邪がいまだに治まる気配を見せないのだ。
 天狗曰く、
「これは普通の風邪ではない。並の薬では歯がたたん」
 文字通り匙を投げられ、治療するのは難しいとまで言われたのだ。ここに至ってはさすがに星も黙っておれず、毘沙門天にも文を飛ばしたのだが返事はこない。どうやらナズーリンのものと似たような病が各地でも発症しており、毘沙門天はそちらへ掛かりきりになっているらしい。
 こうなると、自分たちだけで何とかするしかなかった。しかし、どうやって?
「大丈夫ですか、ナズーリン」
「……いいのかい。君は毘沙門天の代理なんだろ。こんなところで、ゲホッゲホッ、病人の看病なんかしていて」
 山の流行病に関しては、もう星がするべきことはなかった。看病は聖達に任せ、星はナズーリンに付きっきりで看病を続けている。
 それは同時に、今のところ大した解決策がないことも示していたのだが。幸いにもと言うべきか、それとも不幸にもと評するべきか。思考能力が低下しているナズーリンはそれに気付くこともなかった。
「とりあえず、ナズーリンを治すことが先決です。だからあなたは大人しくして、回復に努めてください」
「ああ、分かってるよ。こんな風邪、もう少ししたらすぐに治るさ」
 さて、どうしたものか。
 布を取り替えながら、星は考える。不老不死の薬を作れるほどの名医がいるだとか、どんな病気でもたちどころに治す土着神がいるだとか、そういった噂は事欠かない。だがどれも信憑性に乏しく、縋り付くには材料が足りなかった。
 呼び寄せた天狗も一端は匙を投げたものの、せめて何か出来ないかと色々と調べてくれている。
 毘沙門天さえ来てくれるのならば、あるいは回復するかもしれないのに。弱々しい考えが浮かび、頭を振った。何を考えている。いまここにいる毘沙門天とは、即ち自分なのだ。
 だとしたら、自分こそが何とかしなければならない。
「よし!」
 ナズーリンは眠っている。ここで彼女を見守っていたいが、それで完治するわけでもない。自分も行動しなくては。
 こっそりと部屋を抜け出し、治療に関して書かれた本はないのか、あるいは知っている妖怪はいないのかと山を東奔西走する。それであっさりと見つかるようなものではないが、それでも足を止めることはなかった。
 そんな星を見て、天が不憫に思ったのかもしれない。
 山奥にひっそりと佇む、誰も住んでいない廃屋。その家の物置の中から、ナズーリンが罹っている病に関して書かれた書物が見つかったのだ。そして治療方法らしきものも書かれている。
「なるほど、これがあれば!」
 入手するのは難しい材料ばかりだが、文句を言っている暇はない。
 本を握りしめ、星は慌てて小屋を出て行った。










 三晩寝たおかげか、それとも命蓮寺の献身的な介護のおかげか。ナズーリンの具合は大分よくなってきた。
 あれほど高かった熱も、今では普通の風邪ぐらいに治まっている。天狗の見立てでも、あと数日すれば完治するだろうとのことだ。どうやらこの風邪は特殊なようで、強力でもあるのだが一応は自然治癒でも何とかなるらしい。
 それでも死亡する可能性はあったらしく、ナズーリンは一命をとりとめたのだと言えよう。さすがのナズーリンも肝を冷やした。
「だというのに、あの虎は一体どこにいったんだ」
 治療薬を探しに出ると言って、早三日。何の音信もなく、帰ってくる気配すらない。
 もうナズーリンは回復へ向かっているというのに。
 間の抜けた話だと思うが、責める気持ちはさらさらない。むしろ感謝したいぐらいだ。
 もしもナズーリンがかつてのように、一人だけだったならば。部下の鼠たちにも限界はある。もしかしたら、ナズーリンという妖怪はもう存在していなかったのかもしれない。
 命蓮寺の献身的な介護があったからこそ、こうして布団に包まれながら帰ってこない星に愚痴を言うことが出来るのだ。感謝してもしきれない。
 ふと涙が零れたのだって、苦しいからではなかった。
「ただいま帰りましたよ、ナズーリン!」
「……君はどうして、一番会いたくない時に現れるんだろうね」
「おや、泣いていたんですか」
「欠伸をしただけさ。それよりも、今までどこに行っていたんだい」
 よくよく見れば、星の格好はかなり酷い。あれほど立派だった一張羅が、合戦でもしてきたのかというぐらいに汚れていた。
「材料を集め、高名な医者の方に薬を作ってもらいました。それが、これです!」
 突き出された袋の中には、黒っぽい丸薬が何個も収まっている。これを手に入れる為に、星はあれほどまでにボロボロとなったのだろう。懐から零れ落ちた書物にも、似たような形の薬が図入りで描かれていた。
 こうして頑張ってくれたことはとても嬉しい。嬉しいのだが。
「良い知らせと、とても良い知らせの二つがあるんだが。どちらから聞きたい?」
「じゃ、じゃあとても良い知らせから」
 好きな物から食べるタイプか。自分と同じだ。
 苦笑しながら、ナズーリンは口を開く。
「あなたはとても、私に良くしてくれた。確かにうっかりミスは多いし、人の気持ちを無視することはある。それに腹を立てたこともあったけど、それでも私は決めたんだ」
 布団の中で思っていた事、それを全て星に伝える。
「初めましてかな、ご主人様」
「ナ、ナズーリン!」
 数ヶ月越しの挨拶に、宝塔を抱きかかえる星の顔が破顔していく。聖や一輪達には、もう既に改めて挨拶をしていた。誰も彼も星のような顔をして、優しくナズーリンを迎えていれてくれたのだ。
 まったく、何ともお人好しな集団だと思う。だからこそ、自分のように少しばかり性格が捻くれた奴が必要なのだと思った。
 手始めにまず、喜びに溢れた星の顔色から変えるとしよう。
「では、良い知らせの方だ。私の風邪は治りかけている」
 それともう一つ。彼女に告げなくてはいけない事が増えた。
 先程落とした書物の中。図で描かれた薬の上に、確かな文字でこう書いてあった。
「それと、それは治療薬じゃない。予防薬だ」










「いま何て言ったんだい、ご主人様」
「聖を復活させましょう」
「いや、その前だ」
「……宝塔をなくしました」
 ナズーリンは頭を抱えた。毘沙門天より授かった、大事な大事な宝物。うっかり者だと知っていたが、まさかここまで大それたものを無くすとは思っていなかった。
「どこで無くしたんだい」
「それが分かったら探しに行っています」
「まぁ、それもそうだ。分かった、そっちは私の方で探しておくよ。だから、ご主人様は聖を復活させる方に専念するといい」
「助かります」
 かつてはナズーリンを頼らないようにしていた星も、正式に主従の関係になってからは遠慮無くナズーリンの力を借りるようになった。たまに借りすぎではないのかと思うけれど、ついつい助けたくなってしまうのだから仕方ない。
 もっとも、それが星の紛失癖を加速させているのかもしれなかった。自分がいるから多少の物は無くしても大丈夫だろうという安心感があるのならば、これが終わってからじっくりと話し合う必要があるだろう。
 信頼はいいが、慢心してはいけない。
 それにしたって、まさか宝塔を無くすとは。
「ふふっ」
「どうしました、ナズーリン」
「いや、何でもないよ。宝塔を取り戻したら、ご主人様にどんな罰を与えようか考えていただけ」
「……お手柔らかにお願いします」
 無論、考えていたのはそんな事ではない。
 遙か昔、ナズーリンはこう思っていたのだ。宝塔を無くすような事があれば、その時は間違いなくお役御免だと。毘沙門天代理の地位を剥奪しようと考えていたのだが、実際に無くしてみればどうだ。
 自分はこうして、星の言うままに宝塔を探しに出かけようとしている。それが可笑しくて、ついつい笑ってしまった。
「考えておくよ。それじゃあ、いってきます。ご主人様」
「いってらっしゃい、ナズーリン」
 生憎と、まだまだナズーリンは辞めるつもりなど無かったのだ。
 寅丸星の部下というやつを。
 
 
 
 部下の心、虎知らず。
 虎の心、子知らず。
八重結界
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投稿日時:
2010/03/20 20:05:13
更新日時:
2010/03/20 20:05:13
評価:
11/11
POINT:
82
SPPOINT:
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Rate:
1.78
1. 通常ポイント10点 お題ポイント3 ■2010/03/21 04:04:54
良い主従関係だと思う。
俺はこういうのを待っていた気がする。
星ナズの主従に目覚めた。いつか書きたい。ウッヒョオ!
2. 通常ポイント8点 お題ポイント7 きすけ ■2010/03/23 19:39:15
楽しく読ませていただきました。
3. 通常ポイント8点 お題ポイント6 THOR ■2010/03/26 03:10:09
素直に面白かった。
サラッと書かれていながらも、主従の関係が上手く表現されていたと思います。
ただ、『音』の使い方が少し弱い印象を受けました。
4. 通常ポイント10点 お題ポイント6 じろー ■2010/03/27 02:25:14
あぁこれはいい話です。掛け値なく、文句なしに面白かったです。
最後のオチも、前に出てきた話の中からうまくその話を利用してまとめられて、言いハッピーエンドだな、と思います。

ただ、お題をもっと印象的に掛けてきて使っていればさらによいものになったと思います。薬というオチというよりかは、星のうっかりオチといったほうがいいでしょう。

素敵な作品、ありがとうございました。
5. 通常ポイント6点 お題ポイント3 ワタシ ■2010/03/28 00:14:01
読みやすく、短編としてはソツなくいいものだと思います。
ただ三題については音がすっぽり抜けてる印象なので低めで。
6. 通常ポイント5点 お題ポイント4 ぶるり ■2010/04/01 17:56:31
 ナズ星過去話ですか。星ちゃんの看病といい、中々私のツボを押さえておりますね。
 これはとても好印象です。何故なら私はナズ星好きだからです。
 話の流れも不足無く、自然に読めました。視点が変わる部分も中々印象的でしたし。
 まぁスゴイ敢えて言うなら、ナズが星ちゃんに仕えようと決める理由が薄い気がしないでもないですが、私は全く気にならない。
 
 お題に関して。
 話の軸に薬、君から御主人様への呼び方変化。この二つは濃いのですが、音が薄い気がする。
 ですが、注意して読めば「親しみの音」という言葉でしっかりと綴られている。
 確かに「音」は薄いですが、良い使い方だと感じます。
7. 通常ポイント6点 お題ポイント6 静かな部屋 ■2010/04/02 20:40:28
【内容のこと】
 「〜君がどれだけ無能だろうと〜」……ナズーリンひどい
 二人とも、キャラクターが立っていて、良かったです。とくに台詞周り。
前半から後半にかけて、だんだん両者の関係が変化していく様なんかもうね
【お題のこと】
 「きみ」といえば、ナズーリンですねー。最後に、「きみ」から「ご主人」に呼び方が変わったのが印象的でした。
8. 通常ポイント9点 お題ポイント4 飛び入り魚 ■2010/04/02 21:45:00
 よくキャラクターを研究されているな、というのが率直な感想です。
 ナズーリンと星という、ちょっとこんがらがった関係をうまく料理しています。
 素材の良さを殺さずSSという形に仕上げた、シンプルな味でした。ごちそうさまです。
 テンポよく流れる展開に、愛らしいキャラクター。SSの教科書なんてものがあれば、載りそうです。
9. 通常ポイント8点 お題ポイント7 時計屋 ■2010/04/02 22:22:32
なんという素晴らしい主従。
クーデレっぽいナズーリンと、実直だがどこか抜けている星が実にいい組み合わせになっています。
文章・お話共に隙が無く、こなれた印象を受けました。
良い短編をありがとうございました。
10. 通常ポイント5点 お題ポイント4 K.M ■2010/04/02 22:54:27
この星様はもう色々と駄目だwwww
11. 通常ポイント7点 お題ポイント5 文鎮 ■2010/04/02 23:22:34
最後まで優しいうっかり星ちゃんでした。
優しさは空回りしてばっかりでも、ナズーリンにはちゃんと気持ちが伝わっていたようですね。
あと、私が呼ばれた気がしたのですが、気のせいだったんでしょうか?
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