永遠亭捜索隊

作品集: 最新 投稿日時: 2010/03/20 17:20:14 更新日時: 2010/03/20 17:20:14 評価: 9/9 POINT: 42 SPPOINT: 44 Rate: 1.34
遠く高く澄んだ青空、白い雲はたなびく。すがすがしい朝そのものの光景に、箒を片手に大きく伸びをする少女が一人。初春の冴え冴えと澄みきった山の空気は身を引き締めてくれるので、嫌いではなかった。

ここは神社の境内、管理する者の几帳面さを示すように、整然とした佇まいは麓のそれとは大違いだった。もっとも、過剰に整然としていても却って人に敬遠されてしまうようだが、ことこの場所に限っては、そんな心配が余計なものに感じる程度に、参拝するには劣悪な環境が整っている。

「今日は参拝客が来てくれるでしょうか」

箒を片手に、管理するもの――東風谷早苗は思わずそう呟くが、言葉は誰の耳に入ることもなく虚しく足下に落ちる。

ここは険しい上に妖怪の住処となっている山の上。人間の参拝客など、そうそう来るはずもなかった。里に下りての布教活動自体は頻繁にしているので、認知度は上がってきているのが救いだ。山神様は、山が一種の社となるので、それに向かって拝むだけでも神奈子は信仰を得ることになる。

だが、社に住む早苗のもとに参拝客が来ないのであれば、早苗の寂しさは光速並みに不変だ。

「誰か遊びに来ませんかね…」

紅白黒もたまに顔を出してはくれる。だが、やはり神様達への信仰心も同時に得られるに越したことはない。

以前から計画している、『妖怪の山・ハイキングコース』計画を本格始動するときかもしれない。

「こう、『海が割れた日』で木々を無理矢理バキバキっとやれば簡単に出来そうな……」

「テロの計画か何かかな?」

びくっ――。

早苗は、背後から唐突に掛けられた声に驚きのあまり飛び上がってしまった。

「びっ…くりした……。珍しいお客さんですね」

声のした方を振り返る。丁度声の主が地面に降りてくるところだった。

「それは、私が珍しい言って事? それともお客さん自体かな?」

「……腹立たしいですが、両方です」

悪戯っぽく笑みを浮かべる鼠耳の言葉に、早苗はむくれた表情で返す。それもすぐに苦い笑みに崩れた。

「でも、本当に珍しい……というよりもしかして、ナズーリンさん初めてですか?」

「うん、そうなるね。ここは、本当に人里から離れているね。これじゃ参拝しようにも一筋縄じゃいかない」

「命蓮寺が羨ましいです」

早苗は思わず切実な呟きを漏らす。一っ飛びすればなんて事ない、などというのは簡単だが、飛ぶのだって力を使うのだ。参拝客以前に、生活を成立させる上でも足で行ける距離の方がいいに決まっていた。

「まぁ、折角いらっしゃったんですから、お茶でも入れますよ?」

「ああ、ありがとう。実は喉が乾いていたんだ。ごちそうになるよ。縁側で待たせてもらっても良いかな?」

「上がって行かれないのですか?」

踵を返しかけた早苗は、少し驚いて振り返る。

「うん。それには及ばないよ。あまりゆっくりもしていられなくてね」

ナズーリンはちょっとばつが悪そうに早苗に苦笑いを向けてきた。



で。

「なにか事情がありそうですが。今日は何かご用件が?」

早苗がお盆を持って縁側に出てきた。腰を下ろし緑茶を差し出すと、ナズーリンは礼を言って湯飲みを受け取った。

「うん。まあ、順を追って話そうか」

そう言って、ナズーリンは話しを始める。

「ここのところ天候が安定しなかったせいで、ご主人が体調を崩してしまってね」

「ご主人……と言うと、星さんがですか? 意外ですね」

毘沙門天の使いたる寅丸星は、修行を積んだ妖怪だ。まぁ、だから身体が強い、というのは短絡にも程があるのだが、早苗としてはしゃんとしている印象の強い星が風邪を引くというのは、どうにも想像しがたい状態だった。

それはどうも、ナズーリンにとっても同じだったらしい。早苗の様子に苦笑いを浮かべている。しかし、一番驚いたのは風邪を引いた当人だったらしく、相当な大騒ぎだったらしい。

「『神は私を見捨てたのか…』なんて言いながら倒れてしまって。普段滅多に風邪なんて引かないから、却って耐えられないらしいんだ」

すっかり弱ってしまった星を見かねて、永遠邸に薬をもらいに行こうしたナズーリンだったのだが、永遠邸にたどり着くことが出来なかったそうだ。

「妖怪にも効く薬を作ってくれる医者の噂を聞いたまではよかったんだけど。流石、迷いの竹林と言うだけはあって、なかなか……ちょっとナメていたのもあってね。あまりのんびりとしている訳にもいかないし、さっさと人を頼ることにしたんだ」

「なるほど、そうでしたか」

早苗は、そう言いつつ気まずそうに問いを投げる。

「でも……それでここへ?」

「うん」

返答に、さらに困惑を浮かべる早苗は、さらに遠慮がちに言葉を選ぶ。

「あの、わざわざ来ていただいたのですが、私は永遠邸の場所を知らないのです。あることは知っていましたけど、まだ行ったこともないんです。それこそ、霊夢さんとか魔理沙さんとかの方が頼りになるんじゃないかと」

心底申し訳なさそうに、早苗。

その様子に驚いたナズーリンは、慌てて言葉を添える。

「あいや、そんな気にしないで。実は、霊夢も魔理沙も見当たらなくて二重に困っていたんだ」

「……お二人とも留守ですか? 珍しいですね」

大抵、博麗神社に行けば二人とも居るし、必ずと言っていい程、どちらか一方は居るのだ。よく考えると、そっちの方がよっぽど奇妙ではあるのだが、それが常なのがあの二人だ。

「ほかにも、あの赤いお屋敷の門番に聞いたら、そこの主人とメイドも出払っていると聞くし、里の守護者も見当たらないし」

「けっこう手当たり次第ですね」

ナズーリンの行動力に心底感心する早苗。流石にあの手のひらサイズの宝塔を捜し当てただけの事はある。しかし、ことごとく不在というのは、何とも珍しいことだ。

「でも、そこまで見当たらないとすると、また宴会でもしているんでしょうか」

「場所の見当とか付くかい?」

「いえ、最近あまり呼んでもらえなくて……」

早苗の声が、沼地の湿り気を帯びる。その気配を感じてナズーリンがしまったと思ったときには遅かった。

「何でなんでしょう……やっぱりお酒飲めないからなんでしょうか……そうですよね、きっと」

しかもナズーリンが踏み込んだのは、底なし沼のようだった。

「お酒苦手ではあるんですけど、たくさんは飲めないんですけど、それだって呼んで欲しいんです、みんなで騒ぐの嫌いじゃないんです。そりゃ、片付け一人でやる羽目になったときはちょっとは腹立ちましたけどでも」

頭と膝がつきそうなくらい深くうなだれ、ここぞとばかりに愚痴が吹きこぼす早苗を見かねた――付き合っていられないと顔に書いているが――ナズーリンはそっと早苗の肩に優しく手を添えると、そっと語りかける。

「よしよし。そう言うことなら、それこそ永琳先生に相談してみたらいいじゃないか。そう言ったことは専門家に相談するのが一番だろう?」

早苗はその言葉に、まるで神託を受けた僧のごとき驚愕に目を見開く。刹那の後咲いたのは笑顔。

「それです! 間違いありません! 今すぐに行きましょう、永琳先生の元へ。希望という名の光を求めて」

「…きみ、本当に面白いよね」

余りに予想外の早苗の反応に、思わず自然な笑みが洩れてしまった。







「といつつ、実は足を踏み入れるのも初めてなんですよね」

人里と竹藪の境界線上に佇んで、早苗は呟く。ここで何があったのかは、天狗の新聞で一応知ってはいた。もちろん一つの新聞だけ読んだだけではとうてい信頼なぞ出来ないのが天狗印だ。まるで、そうすることで誰かの新聞が一人勝ちしないようにしているかのようにも感じられる。

冷静に考えると、天狗全体から見るとその方が良いのかもしれない。

「一応、私のネズミたちにはずっと捜索に当たってもらってるんだけど……まだ見つかっていないみたいだね」

早苗が妙な思考をぐるぐる回している間に、ナズーリンは竹林の奥に向けて耳を澄まして様子を覗っていた。物音を聞きつけるたびに、耳がピコピコと動いているのがなんとも可愛らしい。

「それでは、私達も中に入りましょうか」

「うん、そうしよう」

二人は竹林の中に足を踏み入れる。

そこには、異世界が広がっていた。

視界には、ただひたすらに生い茂る竹。頭上の葉が陽光の侵入を止めているため竹林の中は思いのほか薄暗く、葉が風に揺れて触れ合う音が波濤の様に頭上から降り注いでくる。

周囲を見回す分には困らない程度ではあるが、時間の感覚が狂わされそうだった。

「どうしましょうか、二手に分かれます?」

「いや、それだとネズミ達が見つけたときに、君が分からないだろう? 逆に君が見つけたときも困るし、ボク達は一緒に行動することにしよう」

「分かりました」

では、と早苗とナズーリンは生い茂る竹をすり抜けるように飛び上がり、永遠亭の捜索を開始した。

背の低い竹の上をすり抜け、葉の下をくぐり、無数に延びる竹を縫うようにすり抜け進む。

見通しも悪く、風景も代わり映えしない。しかも、林を抜ける風は常にその向きを変えるため、まっすぐ進むのも難しい。まっすぐ前を目指しているつもりでも、いつの間に飛んでいく方向がずれていても気づくのが難しそうだ。

「そう言えば、ナズーリンさん。例のロッド、今日は持っていないんですか?」

「いや、持っているよ? ただ、使い物にならなくてね」

そう言って、取り出したダウジングロッドを構えて見せるナズーリン。どう使い物にならないかは、一目瞭然だった。

「うわぁ、全然安定しませんね……」

「磁場が特殊なのか、コンパスも効かないし。本当にここは天然の迷宮だ」

「魔法の森も、妖怪の山もそうですけど、幻想郷はそんな場所ばかりですね……」

早苗は横手の竹を蹴って、方向を転換しながら呟いた。単純に飛行しながらの方向転換では、到底避けきれない程の密度なのだ。

「霊夢さん達は、よくこんなところで弾幕ごっこなんて出来ましたね」

まだ昼間ということもあってか、妖精達の数はそう多くもない。悪戯を仕掛けられることはあっても、対応は出来ている。ただ、やはり里と比較しても妖精の力は、強い。

「そう言えば、ナズーリンさんは永夜異変の話って聞いた事あります?」

「異変の中身くらいは知っているけれど、詳しい話は知らないかな」

ナズーリンは地面を走るネズミに注意を向けつつ返事を返す。それで竹にも当たらず飛び続けられるのだから、器用なものである。

「みなさんが異変に対して一斉に動き出したので、霊夢さんとか魔理沙さんがそれぞれここで弾幕ごっこしたんですって」

「……異変の際に、永遠邸が明るみに出たって話を聞いたけど、永遠邸が一枚かんでたんじゃなかったのかい」

「あ、ええ。実際はそうだったんですけど。ほら、こう、夜を止められそうな力を持っている人が多いじゃないですか」

「ああ、なるほどね。お互いに疑ってたんだ」

ナズーリンは、その状況を思い浮かべて意地の悪い笑みを浮かべる。それと対照的なのが早苗の様子で、なにやら青ざめ落ち着かない様子であたりを窺っている。

「ん、どうしたんだい?」

「いえ、今にもその辺から霊夢さんや魔理沙さんが出てきそうな気がして……」

「んん??」

ナズーリンは早苗の言っている意味が瞬間的に把握できず、思わず疑問の声を上げてしまった。

「何でそれを怖がっているの?」

「いえ、お二人とも良い方なんですけど……こと、弾幕ごっこに至っては、加減ってものを知らないんですよ。以前も、いきなり神社に殴りこんできて……素人相手に遠慮なしですよ」

思い出すのも辛いのか、涙目の早苗は小さく震えている。だが、その一件の話は又聞き知っているナズーリンは呆れ混じりに早苗を見やる。

「初見の話なら、明らかに君の対応が拙かったんだと思うけどね。……間欠泉のときのアレは、確かにとばっちりだったかもしれないけれど」

それに、と早苗は周囲を見回して呟く。

「天狗の手記によると、夜の竹林は何かの鳴き声が聞こえてきたんですって。そんな鳴き声がさっきから聞こえてくるんです。本当にその場にいるような気がしてきちゃって」

「まるで、みてきたように話すね?」

早苗の話を聞いていると、まるで実体験したかのような口ぶりだったので、質問をぶつけてみると、早苗はあっさりと言った。

「天狗さんたちの新聞読むと分かるんですけど、文章書くのはとっても上手なんですよ。本当に実体験した気分になります。事実をそのまま書かないって言うのが問題ですけど」

とはいえ、早苗が弾幕ごっこの霊夢たち――恐らく本気モードに限る――を恐れているのは本当らしかった。いる筈がないと知りながら、一抹の不安が隠せない様子で落ち着きなく当たりを見回している。そんな早苗をみていると、声を掛けた自分に対する疑念が湧いてくる。

ナズーリンがそっと、暗澹としたため息をついたとき。

「あっ」

早苗の漂白された声が耳に届いた。顔を上げると、そこには声同様に漂白された早苗の表情。

「あっ」

その視線を辿ると、そこには確かに霊夢と魔理沙の姿。

「なっなっなななんで、こんなところに」

普通に神社で会う分にはそんなに警戒もしないのだろうが、反射的に謎のファイティングポーズをとる早苗。相手が身じろぎもしないうちに、無形のプレッシャーに圧されて、じりじりと後ろに下がっていく。

ナズーリンも、まさかの二人の登場に目を真ん丸くしていたが、奇妙な事に気がついた。

尚も、じりじりと後退していく早苗を尻目に、微動だにしない紅白黒からさくっと視線を逸らし、当たりをキョトキョトと見回すナズーリン。

ある一点に狙いを定めると、勝手に持ち出してきた宝塔を取り出してあっさり発動。

光が爆ぜ、ゆらりと渦を巻いたかと思うと、急変。直線の光が空間を駆け抜け、何かを打ち落とした。

「きゃんっ」

ふと、早苗が睨めっこしていた霊夢と魔理沙も消え去り、そこに残っていたのは木の欠片。

「ああ、やっぱり君かぁ」

ナズーリンは、何食わぬ顔で、宝塔で打ち落とした相手の元へと向かった。早苗もその後を慌てて追いかける。

「ぬえさん!?」

「ばれっちゃったか」

「身じろぎどころか、瞬きもしなければ流石に気付くさ」

呆れ交じりのナズーリンに、気付かなかった早苗は赤面するしかなかった。ぬえはと言うと、早苗に向かって悪戯っぽく舌を出す。

「面白かったよ」

すぐさま、ばさりと翼を広げ、その場を飛び去った。

「あっ、ちょっと待ちなさい!」

咄嗟の反応が遅れた早苗は、ぬえを止めんと風を放つも、見当違いの方向にその威力を解き放つ。狙いを外した早苗に、ぬえは余裕の表情で振り返った。

「どこ狙っ…ぎゃん!」

しかし、それが災いした。

ぬえを外したと思われた風は、背後の竹を直撃していた。しかし、それに止まらず竹がその風を受けて大きくしなり、反動で戻ってきた竹がぬえをしたたかに打ち付けていた。

その衝撃のままに地面に落ちた――否、叩きつけられたぬえに早苗は悠然と歩み寄り、尋ねる。

「永遠亭の場所を知りませんか?」

驚きと、痛みで声も出ないぬえは、器用に地面に突っ伏しながら無言で首を振る。それを認めると早苗は呆気にとられているナズーリンに向き直った。

「残念でした。さて、捜索再開しましょうか」

仕切りなおすように、早苗はナズーリンに声を掛けた。

「そ、うだね。それにしても……」

「ちょっとしたお灸ですよ」

朗らかな笑顔を見せると、ぬえなどはじめから居なかったかのように、あっさりとその場を脱する早苗に、ナズーリンは慌ててついて行く。

「思えば何かの鳴き声もぬえのものだったんでしょうか?」

「今日のはそうかもしれないね。……それにしても、怒らせないように気をつけるよ」



地道な探索を再開して後、代わり映えのない風景の中を探しても探しても探しても探しても永遠亭は影すら見当たらない。

「う〜ん、君の能力であっさり見つかるかと踏んでいたんだけどなぁ」

「奇跡を起こす能力ですか? う〜ん、今回はあんまり効果ないかも知れませんね。ランダムとかカオスな要素に対する確率操作みたいなものなので」

「?」

「意志を持って行動しているものに対しては、その意志を曲げるほどの力は掛からないって事です」

今回の場合、目標は静止しているし、探す方もあっちへ行こう、こっちに行ってみよう、といった意志を持っているから、能力の介在する隙が殆どない。

「実は、さっきぬえさんをはたき落としたときは能力使ってたんですよ。ああいう偶然性で失敗しそうな事の後詰めには最適です♪」

「なんとも、使いどころが難しそうな……」

それはさておき、アテにしていた力も効かないとなれば、まともに捜索するしかないのだが、先が明るいとは言えない。

「でも、人海戦術――人じゃないですけど――で、これだけ時間をかけても見つからないなんて。もしかして、結界でも張られているのかもしれないですね」

「だとすると、ますます厄介だなぁ。流石に、ネズミにそれを探させるのは酷だし……」

なんだかんだと昼過ぎに始めた捜索だったが、次第に日も傾き始めている。流石に、夜になるまでこんなところに居たいとは思わない。

先程はぬえの悪戯程度で済んでいるが、闇に乗じて意地の悪い妖怪に囲まれでもしたら厄介だ。

「却って鬼火とか出てきてくれれば、明かりには困りませんけどね」

「そう言う問題かな…?」

ともかく、面倒なことになる前に、永遠亭を見つけたい。

結界と仮定すると、ふらりと入り込むことは当然出来ない。恐らくまともに建物を見せるような事もしないだろうから、見逃している可能性は高い。

「また捜索し直しですか……せめて場所を絞り込めれば」

「ネズミたちは殆ど竹林の隅々まで行っているはずだから、結界が知覚できればすぐなのに」

ナズーリンは思わず臍を噛む思いだった。とはいえ多少知能は発達しているとは言え、ネズミはネズミだった。そんな奇跡的に器用なことは望めない。

「段々お腹空いてきました。……永遠亭って、噂では大きなお屋敷なんですよね? 見つけられたらご馳走出してくれませんかね」

暢気なようだが、アイディアを出すときには、出来るだけフラットな気持ちになって多くのことを漠然と考えるのが早苗のやり方だった。

竹林に分散するネズミ、未だ見つからない大きな屋敷、踏み越えられない結界の可能性。

「あっ」

早苗の中で、何かがつながった。

「ナズーリンさん。これ、行けるかもしれません」

早苗は、ナズーリンを振り返る。嬉しそうに瞳を輝かせながら。



「条件は、今ネズミさんがいる位置を把握できることです」

そういって、早苗は自身の考えを説明し始めた。

「そんなに難しい事じゃないんですけどね。ネズミさんがある程度林中に広がっていると仮定すると、結界が張っていることころだけがネズミさんが入れません。なので、林の中のネズミさんがいない辺りは、結界が張ってある可能性が高いはずです」

「なるほど。水も空気も透明だけど、そこに泡があれば見える。といった感じだね」

それである程度の場所が特定できればそこを中心に調べればいいし、出来なくても損はしない。

「後は、それにどれだけ時間が掛かるかが問題なんですが、どうですか? ネズミさんの把握って出来ますか?」

ナズーリンは少し考えるように俯いてから、顔を上げて頷いた。

「うん。そういう目的なら、大丈夫だよ。それほど正確な位置は分からなくても大丈夫だろうから」

「流石ですね」

ナズーリンは当たりを見回して何かを確認すると、早苗に向き直る。

「早速、始めようか」

酷く神妙な面持ちで身構えるナズーリンに、早苗も思わず力が入る。一体如何なる手段を用いて、この広い竹林の中から、ネズミの位置を把握するのだろうか。

固唾を飲んで見守る早苗をよそに、ナズーリンは一つ大きく息を吸う。

「チュー太郎!」

「ええぇ! 声!?」

予想外の手段に早苗が思わず突っ込みを入れる。それとほぼ同時。

ちちぢぢぢぢゆゅぅぅ――――

「え、なっ!?」

耳慣れない音が、自分を中心に広がっていく――否、中心はナズーリン。そう気づいたときに初めて、今の音がネズミの鳴き声だったことに気がついた。

「ちゃんとした位置探索手段だよ?」

そういうナズーリンを、なんともいえず見返すしかない早苗。ふと、何かの物音が聞こえることに気がついた。こちらに次第に近づいてくる。

「あ、戻ってきたね」

先ほどと同様の、音――鳴き声が再び迫ってきたのだ。まるで波濤のように早苗たちを飲み込み、通り過ぎて流れていく。

「……っ」

本当に波に攫われるような錯覚を覚えた早苗は、思わず肩をすくめた。当たり前ではあるが、何事もなかったことにホッと胸をなでおろすと、改めてナズーリンを見返す。

「一体何なんです?」

「位置確認のための手段だよ。呼び出しと応答を、ネズミが伝達していくんだ。呼んだ相手まで伝達が届くと、さっきみたいに返答が帰ってくる。その音の移動から方向を把握するんだ」

「まぁ、確かにどっちの方向から来たかは、大体分かりましたね」

「ちなみに、距離は呼び出しから返答までの時間と、伝達回数カウントのダブルチェック」

「?」

「まぁ、距離も同時に把握できるってことだよ。ちゃんと適度に分散して、ネズミたちがいることが条件にはなるけれどね」

ナズーリンは、持ってきていたらしい紙に、位置と名前を記していく。

「私達の居場所もどのあたりかよく分からないから、相対位置だけになるけどね。と言うわけで、さくさく行こうか」

「……案外、気の遠くなるような時間が掛かります?」

「さっさと成果が出てくれることを期待しようか」

かくして、ネズミの名前を呼んでは、返答が帰ってくるのを待つこと二百回。ようやく紙面が何となく埋まってきたと感じられたとき、変化が起こった。

ナズーリンが二百一匹目の名前を予防と息を吸い込んだ瞬間。

「ちょっと、貴方達! いい加減うるさいんだけど!」

先ほどまで、何もいなかった空間から、唐突に声が掛けられた。二人して呆気にとられつつも、当たりを見回す。そこにはウサギのような耳を頭につけた少女が立っていた。

「いくら、永遠亭の所有地じゃないとはいえ、ウチの近所なんだからもう少し気を使ってほしいんだけど」

その場に姿を現したのは、永遠亭で生活をしている月のウサギ、優曇華だった。

「あっちに行った行った。見世物じゃないの!」

「ほんと、いい加減にしてほしいわ。次は実力行使するわよ?」

優曇華は、それだけを言い放つと、再び姿を消した――比喩的表現ではなく、本当に消えてしまっている。

その様子を見ていた早苗は、しょうがないなと暢気にことの推移を見守っていたが、ふと、当初の目的を思い出す。

「……何、追い払っているんですか! アレですよ、あの人捕まえないと!」

「あ」





結局、試行五百回目にて、再度注意しに来た優曇華を捕まえる事で、永遠亭に辿りつくことが出来た。

理由を説明すれば、特に何も警戒されず永琳の部屋まで案内してもらっている。

「そう、師匠に要件があったの。それは申し訳ないことをしたわね」

なんでも、普段作動させないような緊急事態用の結界が誤って展開されていたらしかった。運の悪い事に、誰も気づく機会もなく結界が張られたまま放置されていたらしい。

「竹林は唯でさえ迷いやすいのに、結界まで……」

「君って、負の方向にまで奇跡を起こすの?」

ちなみに、途中ではあったものの、早苗の作戦は概ね狙い通りの成果を上げ、しるしの付いた紙がどことなく示す穴――結界の範囲の中に、永遠亭はあった。

「まぁ、こうして辿りつけてよかった。これでご主人に薬を持って帰れる」

などと、永琳の部屋に案内してもらう廊下の途中で、チラリと赤い袖が目に入った。

「あれ?」

もしやと思い、袖の見えた通路を覗き込む。

「あら、早苗。珍しいわね、こんなところに」

案の定、目の前には博麗霊夢の姿。奥を見ると魔理沙までそこにいた。

「よう、今日の飲み会には参加するのか? 珍しい事もあるんだな」

「えっ、飲み会? 今日の?」

早苗が腑に落ちない表情をしているのをみて、魔理沙の方が意外そうな顔を返してきた。

「あれ、神奈子から聞いたんじゃなかったのか? 今朝だかに会ったんで、伝えてもらえるように言ったんだけどな」

「へぇ、そうですかぁ。もしかして、過去にも神奈子様に言伝したことあります?」

「ああ、最近多いかな」

「そうでしたか」

迫力のある笑顔という珍妙な表情に、魔理沙は疑問符を浮かべて早苗を眺める。早苗はそれに気付くこともなく、静かに怒りを溜めていた。これは、帰ったら神奈子を問い詰める必要がありそうだ。

「勿論、お前も参加するよな?」

「え、私かい!?」

まさか声を掛けられるとは想像だにしてなかったナズーリンは、肩を叩いてきた魔理沙を慌てて振り返る。

「当然だろ?」

肩をつかむ重さから、ナズーリンは逃げられない事を悟った。

「仕方ないなぁ。乾杯くらい付き合おう」

「え、ナズーリンさん? それはちょっと……」

早苗がナズーリンに声を掛けるが、最後まで言わないうちに魔理沙の視線に口を塞がれてしまった。この人たちの飲み会で、最初の乾杯だけで逃げ出せるはずもないのだが。

「それにしても、何も今日に限って永遠亭でやらなくても……」

「やっぱり君は、負の方向への奇跡も起こしているんだよ」

場はすぐに荒れ始めるため、それまで正気を保っていれば、抜け出す事も出来るだろう。

夜は、長くなりそうだった。





結局、フラフラになりながら、遅くまで居残る事になったナズーリンと、早々に潰れてしまった為、却って元気な早苗の不恰好な二人三脚で、永遠亭を後にした。

他の人たちは、宴会続行である。逞しい事だ。

飲み会の前に、無事永琳と会うことが出来た。

ナズーリンが状況を話すと、ただの風邪だろうといいつつも、明日の往診を約束してくれた。念のためと言う事で、汎用の解熱剤まで渡してくれた。

「本当は、ちゃんと症状を見ないうちに処方するべきではないのだけれど」

軽い解熱程度だったら問題ないだろうということらしい。

「場所はここです。明日はよろしくお願いします」

といって、宣伝用のビラを十枚ほど渡しているナズーリンに、早苗は思わず関心をしてしまった。信仰を集めると言う事は、本当に地道な努力が必要なんだという事を改めて知らされた思いだ。

そんな早苗も、ちゃっかりアルコールの事について、相談していた。

すると、なにやら、丸いシールを渡された。腕のところに貼り付けて身体の反応を見るらしい。

結果は、赤くはなったものの、軽度ではあるらしかった。

ただし、絶対に無理はするなと、釘を刺されることになった。医者の多くがそうであるように、永琳も体のこととなると厳しい態度になるらっしい。

まあ、無理をするも何も、飲むとすぐに眠くなるので無理のしようもない。

意外なオマケはついてきたが、従来の目的は果たせたので、よしとするべきだろう。

「ひとまず、薬も貰えて、明日看て貰えるという事で、良かったですね」

「本当だね。無事に任務完了、ってところかな。まさか、こんなに飲まされるとは思っていなかったけどね」

すっかりいい気分、といった感じである。

「でも、手伝って貰えて、本当に感謝しているよ」

ナズーリンの目が、真っ直ぐに早苗に向けられる。

「早苗、本当にありがとう」

「いえ、そんな……あ」

どうやら、やっと君を卒業できたらしい。

竹の葉の隙間から、覗く月明かりがまぶしく思える早春の頃。

この竹林を脱出できるかどうかが、最後の大問題だった。
題名決めるのに時間がかかりました。
結果、どストレートでいいじゃないとなりました。

テーマにそってアイディア出すのって楽しいですね。
普段、書こうと思わないキャラについても書く機会が生まれそうな予感。

では、楽しんでいただけたなら、是幸い。
くるす
作品情報
作品集:
最新
投稿日時:
2010/03/20 17:20:14
更新日時:
2010/03/20 17:20:14
評価:
9/9
POINT:
42
SPPOINT:
44
Rate:
1.34
1. 通常ポイント6点 お題ポイント8 ■2010/03/21 03:51:20
きみと薬を探す途中で、音を使いました、みたいな感じでしょうか。
どストレートもいいなと思いました。
2. 通常ポイント8点 お題ポイント7 じろー ■2010/03/27 02:07:56
キャラの行動や物語に一本大筋が入っていて、しっかりとしたSSで楽しく読むことができました。最後のオチもズバッと決まって、小気味いい感触が最後に味わえました。
3. 通常ポイント3点 お題ポイント4 ぶるり ■2010/04/01 17:55:24
 内容自体はほのぼので良いのですが。
 いかんせん話が早い。プロットありき、描写二の次のように見えます。
 キャラは割と動いていたのですが、どうも上滑りしている。
 ちなみに結構プロットは好きです。あとナズーリンは可愛いですね。

 お題について。
 「君」から「早苗」というのはとても印象深い使い方でした。
 くすり、音は普通でしょうか。
4. 通常ポイント4点 お題ポイント3 八重結界 ■2010/04/02 14:19:11
少しばかり物語が単調に感じられました。
このコンビは面白かったのですけどね。
5. 通常ポイント5点 お題ポイント4 静かな部屋 ■2010/04/02 20:33:22
【内容のこと】
 ラストのナズーリンの一言が良かったです。
また、キャラクターの口調や、地の文にも違和感がなくて、楽しんで読めました。
以下、気になった点。
 あの竹林には妹紅が居るんじゃ……?
 最悪、人里には慧音が居るはずだし、竹林にネズミなんか大量に放ったらてゐが気付くと思うんだけど……。
 神奈子が早苗を宴会から遠ざけていたのは、保護者的配慮?少し前まで外で高校生やってた未成年が、それについて不満に思うだろうか?
 ナズーリンが、自分の上司であり毘沙門天の遣いでしかも風邪を引いて寝てる星を置いて宴会に参加するのか?
【お題のこと】
 三つとも、うまく使えていたと思います。
6. 通常ポイント4点 お題ポイント7 飛び入り魚 ■2010/04/02 21:46:01
 音による捜索という発想が好きです。
 お題もバランスよく使うことができているように思えます。
 ただ、永遠亭を見つけるという道中がテーマであるため、テンポ悪く感じられてしまいました。
7. 通常ポイント3点 お題ポイント5 時計屋 ■2010/04/02 22:21:03
動きの大きさに比べて、描写が足りていないような気がします。
お話は短編の割りに妙な冗長さを感じてしまいました。
8. 通常ポイント6点 お題ポイント4 K.M ■2010/04/02 22:52:53
「早苗は思わず関心をしてしまった」  もしかして感心?
9. 通常ポイント3点 お題ポイント2 ワタシ ■2010/04/02 23:12:52
個人的には、改行は基本的に一行づつ入れずセリフ一繋ぎ、地の文一繋ぎの方が読みやすいです。
人物が多いわりに出方が散漫で印象に残る部分が薄かったので、ここを見せたい、という部分は
もっと強調してしまっていいと思います。
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