蓬莱人は三度死ぬ

作品集: 最新 投稿日時: 2010/03/18 10:20:11 更新日時: 2010/03/18 10:20:11 評価: 12/12 POINT: 79 SPPOINT: 42 Rate: 1.60
 テーブルを挟んで、藤原妹紅と蓬莱山輝夜が向き合う形で座っていた。
 二人がいるのは、永遠亭の中にある客室の一つ。広い部屋だが質素な作りで、箪笥とテーブルが一つずつと、如何にもな昔風の掛け軸がかけられているだけ。テーブルの上には、竹かごに積まれている蜜柑と、お茶の入った湯飲みが用意されていた。
 妹紅は胡坐をかいて肩肘をつき、空いている手の指を使い、トントンとテーブルを叩きながら輝夜を見る。その輝夜はというと、これぞ姫といったように姿勢正しく座っていた。

「なあ輝夜、なんでこんな時間に私を呼んだんだ?」
「呼びたかったからよ」
 妹紅の問いに、輝夜はさらりと答える。
「いや、そういうんじゃなくてさ……」
 そんな輝夜に対し、妹紅は何か言おうとしたが口ごもった。既に永遠亭まで来てしまっているのに、今更呼んだ理由を聞くのも意味をなさないと思ったからだ。
 だが、疑問に思うのも当然だった。
 輝夜が妹紅の住処に訪れるのは、大体は殺し合いをするためで、話をするために来ることは滅多になかったから。来たとしても大体は、太陽がまだ天高く上っている時間に訪れることが多かったのだ。そんな輝夜が、夜の帳が下り、月の姿がはっきりと捉えられるようになっていた時間に訪れることは初めてだったのである。

 疑問を感じ、口ごもったままでいる妹紅を、輝夜は神妙な顔つきでジッと見つめていた。
 輝夜が髪をすくい上げたとき、長い黒髪がさらりと揺れる。客観的に見たら、絶世の美女と言っても過言ではない。そんな美女に見つめられたら、ほとんどの人達は緊張するか恥ずかしがるだろう。しかし妹紅は、全く緊張していなかったし、恥ずかしがりもしていなかった。
 だが、妹紅は見つめられているうちに、だんだんその視線に耐えられなくなってきていた。室内にも、なんともいえない雰囲気が漂いはじめる。そう思っていたのは妹紅だけで、輝夜はいつも通りだったのだが、ついにその雰囲気に耐えかねたのか、妹紅は気を紛らわせるため輝夜から視線を逸らし、蜜柑を手にとると皮を剥いてひとふさ口に入れた。

「私も食べよ」
 妹紅につられ、輝夜も蜜柑に手を伸ばし、皮を剥いてひとふさ口に入れる。
 皮を向いてはひとふさひとふさ口にいれ、二人して蜜柑を黙々と食べた。

「美味しいわね」
「ああ、そうだな」
「も一つ食べる?」
 蜜柑を一つ食べ終えた妹紅に、輝夜は新しい蜜柑を手にとり差し出す。
「いや、十分だよ」
「そう」
 妹紅の言葉に、輝夜は差し出していた蜜柑を引っ込めた。

「で、何で呼んだの」
 お茶を飲んで一息つき、妹紅はもう一度輝夜に聞く。
「何でと言われても、たまにはこういうのも良いかなって思っただけよ」
「こういうのってどんなの」
「二人で向かい合って、愛を語りあうとか」
「ちゃかすなよ」
 しかし、指に付いた蜜柑の汁を舐めとった後、輝夜が口にした答えは、妹紅の期待していたものではなかった。
 それもそのはず、妹紅は何か理由があるはずだと考えていたから、そんな答えが返ってくるとは思っていなかったのだ。


 そのとき、妹紅はふと思う。
 殺し合い以外に活路を見出し、話し合うことで、お互いの気持ちをぶつけるようになったのは何時からだっただろうかと。
 記憶をすくい上げると、始まりは輝夜からだったことを思い出す。
 殺し合いにきたはずの輝夜が、永遠亭に妹紅を誘ったのだ。妹紅はその誘いに乗らず、何を企んでいるんだと、なし崩しに殺し合いに持っていった。
 だが、輝夜はこりずに何度も何度も妹紅を誘った。その様は、まるで妹紅に何かを求めているようだったが、輝夜自身その気持ちには気づいていなかった。
 妹紅もそんな輝夜の気持ちに気づくことなく、誘われるたびに殺し合いに持っていったのだ。
 しかし、ある日何を思ったのか、妹紅は輝夜の誘いに乗った。
 輝夜の気持ちに気づいたわけでもない。誘いに乗ろうと思っていたわけでもない。それなのに、突然その誘いに乗ろうと思ったのだ。
 妹紅自身気づいていなかったが、妹紅もまた輝夜と同様何かを求めていたのである。

「で、愛は語り合わないの?」
「だからちゃかすなって」
「そうね、本当は聞きたいことがあったのよ」
「聞きたいこと?」
「ええ、そうよ」
 軽口を交わした後、ようやく輝夜が妹紅を呼んだ理由を話そうとしたが、輝夜の口はそこで閉ざされる。よっぽど話しにくい内容なのだろうか。妹紅は輝夜が話をしやすい環境を作るために、他の話をはさむことにした。


「それにしても、永遠亭は何時も静かだな」
「そりゃそうよ、竹林の中にひっそり立つ永遠亭、住むものは因幡と私達だけ。人里のように喧騒に包まれることなんてないわ」
「確かにそうだな」
「……」
「……」

 ふと思いつき言った言葉だったが、輝夜の言うとおり永遠亭は静かだった。
 交わす言葉がなくなると、窓の隙間から風に揺れる笹の葉の音だけが聞こえる。
 無音ではなく、少しだけ聞こえる自然の音。
 それはとても心地のいいもので――。
「ねえ妹紅」
 先ほどまでの表情とは打って変わり、少しだけ真面目な表情で輝夜は妹紅を見つめていた。その表情は、やっぱり話さないほうがいいかな、でもききたい、そんな感情が渦巻いているように見えた。

「蓬莱人は何度くらい死ぬと思う?」
「は?」
 だから、どんな話だろうと驚かないように覚悟を決めていた妹紅だったが、輝夜の問いかけは予想の遥か斜め上をいっていたので、驚きを通り越して思わずそんな声を漏らしてしまった。
 蓬莱人が何度死ぬかなんて分らない。死んでも生き返るのだから、数えるのも馬鹿らしいと思っていたからだ。
「殺し合いをしなけりゃ、そんなに死なないだろうけど、殺し合いを続けてる限り何度死ぬかなんてわからないよ」
「そうね、確かに妹紅の言うとおりよ」
 妹紅の言葉に、輝夜は肯定しうなずく。
「なら、なんでそんなこと聞いたんだよ」
「でもね私は思うのよ」
 どこか憂いを帯びながら輝夜は続けた。
「蓬莱人はね、三度死ぬと思うの」
「何言ってんだ輝夜……」

 妹紅は、輝夜の真意を図りかねていた。
 同時に思ったのは、蓬莱人が死ぬのがたった三度のはずがないという、蓬莱人特有の既成概念。生き返るのだから、死なないと捕らえた場合、死ぬ回数はゼロ。生き返るからこそ、死は死であると捕らえた場合、死ぬ回数は三度では足りない。
「妹紅は考えたことない?」
「……」
「蓬莱人の死の概念」
「深く考えたことはないな」
 妹紅はそれしか言えなかった。
 その後何を語るでもなく、妹紅と輝夜は黙り込む。
 なぜ輝夜がそんなことを聞いたのか、妹紅には分らなかった。
 しかし輝夜がそれを聞いたのには、ちゃんと理由があったのだ。
「妹紅、なんで私達はこうやって話をするようになったと思う?」
「そりゃ、おまえが私を誘ったからだろ」
「そう、でも私はなぜあなたを誘おうと思ったのか理由が思い出せない」
「……」
 輝夜の言っていることは矛盾していた。なぜ誘ったのか理由が思い出せないなんて。
 殺し合いばかりをしていた妹紅と輝夜にとって、話し合いをすることなんてありえるはずがなかった。なのに、誘おうとした輝夜自身が、その理由を思い出せないなんてことはもっとありえなかったのだ。
 しかし、妹紅は輝夜の言っていることを信じた。
 それは妹紅自身、輝夜の誘いにのった理由が思い出せなかったからである。
「今更そんなこと言われても私には分らないし、なにより蓬莱人の死と何の関係があるっていうんだ」
「分らない」
「分らないって」
「ただね、思うのよ。このありえない状態が普通になっていることには理由があるって」
 小難しいことを輝夜は言うが、妹紅には全く理解できなかった。
 そもそも輝夜自身理解できているのかも怪しかったのだから。
「人が死んだら、周りの環境に変化があるでしょ。でも、蓬莱人は不死だから変化しないはずなのよ。でも蓬莱人にも変化する死があったとしたら? 気づかないだけで、変化している。しかもそれは周りに与える環境の変化ではなく、自分自身に与える変化だとしたら……」
 淡々と話す輝夜の表情に悲壮感が混じりだす。
 その内容は妹紅にとって、いや蓬莱人にとってはとても恐ろしいものだった。
「その変化による影響が、今の私達だっていうのか」
「そうよ」
「なら、もし輝夜の言うことが当たっているとしたら……」
 妹紅はそれ以上言えなかった。
 言えなかったというよりは、口に出したくなかったというほうが正しいかもしれない。
 口にしてしまえば、それは――。

「だから、それを確かめたい」
「確かめたい?」
「ええ、だからあなたを呼んだのよ」
「それはいいけど、どうやって確かめる」
「明日、ある場所に付き合ってくれればいいわ」
 輝夜はそこまで言って、後は明日になってからね、とでも言うように目を閉じる。
 どうせしつこく聞いても、それ以上は答えないだろうと思い、妹紅も「わかったよ」とだけ返した。

「今日はもう泊まっていきなさい」
 恐らく最初から泊める気だったのだろう、話しが終わると輝夜は妹紅にそう言った。
「そうだな、そうさせてもらうよ」
 確かに時間も時間だったこともあり、妹紅は永遠亭で泊まることにする。
「じゃあ、準備するわね」
 輝夜は立ち上がってテーブルを端に寄せると、押入れの中から布団を引っ張りだし、先ほどまでテーブルがあった場所に布団を敷きだす。
「なあ輝夜」
「何?」
「なんで二式敷いてるんだ?」
「私もここで寝るから」
「自分の部屋で寝ろよ」
 当たり前のように、布団を二式敷いていた輝夜に妹紅が突っ込む。
「あら、妹紅は私と同じ部屋で寝るのは嫌なの?」
「嫌に決まってるだろ」
「本当にそう思ってる?」
 輝夜と一緒の部屋で寝るのが嫌だったのは本音だった。
 だが、そんな気持ちの中に、まあいいか、なんて気持ちが混ざっていたのもまた事実。
「いや、まあいいけど」
「ならいいじゃない」
 布団を敷き終えた輝夜が寝巻き渡してきたので、妹紅はいそいそと寝巻きに着替えると布団に入り目を閉じた。



 布団に入って寝ようとしていた妹紅は、暗闇の中考えていた。
『蓬莱人はね、三度死ぬのよ』
 あまりにも考えることが多すぎたが、すべてはこの言葉に繋がっていると思った。
 一体三度死ぬというのはどういうことなのだろうか。考えてみるが全く分かりそうになかったし、無駄に目も冴えて眠れなかった。
 少し夜風でも浴びようと、妹紅は布団から起き上がる。既に輝夜はすぅすぅと寝息を立てていた。起こさないよう、崩れた布団をそのままにして、客室の障子を開け縁側へと進む。
 さらさらと、風にそよぐ笹の葉、竹林の遥か上空には綺麗な満月が輝いてた。
 自分で考えても分らないなら、誰かに聞けばいいかとも思ったが、聞けるような奴はいなかったなと落胆する。
 それにしても、輝夜はどこへ付いてきてほしいのだろうか。それも考えてみるが分らなかった。そもそも考えることが間違っていた。他人の考えなんて分るはずもないのだ。それが輝夜であればなおさらである。
 明日になればどこへ行くかは分ること。それまでに分らないときは、輝夜に聞けばいい。 結論づけた妹紅が涼みを終え布団に入ると、先ほど眠れなかったのが嘘のようにすぐ眠りへと誘われていった。



 乾いた空気の中、雀の鳴き声が聞こえる。
 目を開けると障子ごしに光が部屋の中を照らしていた。
 その光は障子ごしなので弱弱しい光であったが、その光はきちんと朝であることを伝えていた。
 眠りから覚めた妹紅が輝夜の部屋へと行くと、輝夜は既に起きていた。
「何してるんだ」
「色々必要な準備があるのよ」
 顔は向けず声だけを妹紅にかける。
「じゃあ、行きましょうか」
 準備はすぐ終わり、輝夜は早速出かけようとしたので、妹紅も急いで準備をして輝夜に付いていった。



 竹林の中、交わす言葉はほとんどなく、無言のまま二人は歩き続けた。
 そのとき突然輝夜の足がとまる。
「いきなりどうしたんだよ」
「……なんでもないわ」
 妹紅は輝夜に声を掛けるが、輝夜はそれだ言うと再び歩き始めた。

 どれほど歩いたか、さすがに妹紅も輝夜がどこへ向かっているかは察しがついていた。それは準備しているものを見ても察しはついていたことだ。
 だが、何故そこへ向かうかまでは分らなかった。
「妹紅、蓬莱人が三度死ぬときってどんなときか分った?」
 歩きながら、輝夜は妹紅に聞く。
「いや、考えてみたけど分らなかったよ」
「そう、なら私の考えている蓬莱人三度の死を言うわね」

 大きく息を吸い込み、輝夜が話し出す。
「一度目は蓬莱の薬を飲んだとき、人として死ぬ」
「二度目は蓬莱人として死ぬ、その死は幾重にも繰り返されるけど蓬莱人としての死は一度でしかないわ」
「そして三度目は……」
 輝夜が口ごもる。

「何だよ……」
「妹紅、三度目の死は今から確認するのよ」
「こんなとこで何を確認するって言うんだ」
「見なさい」
 輝夜が指差すその先――。

「ただの墓地じゃないか」
「そう墓地よ」
「だからなんだって言うんだ」
「ここには、色んな人が眠っている。もちろん妖怪はいないわよ。人と同じ様に扱うわけにいかないからね」
 淡々と喋りながら、輝夜は進む。それほど広くはない墓地。妹紅はわけもわからず輝夜の後ろについていく。
「ここよ」
 輝夜が止まっ場所。そこには見覚えのある名前が彫られた墓石があった。

 ――博麗霊夢、――霧雨魔理沙、――十六夜咲夜。

 妹紅にとっては遠き昔のことだが、心には深く深く刻まれていた名前。あの頃が一番楽しかったと、今でもそうおもう。
 博麗霊夢は、博麗の巫女として、人として一生を終えた。
 博麗の巫女は今何代目なんだろうか、もうそれすら分らないが幻想郷が未だ変わっていないことを考えると、まだ博麗の巫女は代々続いてるのだろう。
 霧雨魔理沙も、本当の意味で魔法使いになるか迷ってはいたが、結局最後は人として生きることを選んで一生を終えた。
 十六夜咲夜も、紅魔館の主であるレミリアの従者であり続け、人として一生を終えた。

 妹紅は、三人のことを忘れていたわけではなかったが、あまり墓参りにくることはなかったので、たまには墓参りでもしてやるべきかなと思った。
 しかし、それよりも妹紅はもっと先に考えるべきことがあったのだ。
 なぜ、輝夜がここに連れてきたのか。
「輝夜、一体どういうつもりだ」
「妹紅、その三人の横にある墓石を見なさい」
「何だっていうんだよ」
 妹紅は首を傾げながらも、輝夜に言われたように墓石を見る。


 ――上白沢慧音。


 そこにはそう名前が彫られていた。
 だが妹紅には、見たことも聞いたこともない名前、全くと言っていいほど覚えのない名前だった。
「これが、何?」
 墓石を見た妹紅の反応で、輝夜は確信する。
 妹紅は既に三度死んでいたのだ。


 一度目の死。
 蓬莱の薬を飲んだとき、味わったことのないような感覚が身体を襲う。どんな感覚かなんて説明はできないが、人から蓬莱人に変わろうとしているのだから身体に何も影響がでないはずがない。血液が身体の中という中を走りぬけ、心臓は速度をまし脈打つ。
 しかし身体だけではない、自分が自分でなくなるような感覚。これが蓬莱の薬を飲んだ代償なのかと。人から蓬莱人へと変わりゆく死音を奏でながら、蓬莱人となった時点で人として死んだ。

 二度目の死。
 妹紅と輝夜の殺し合いは数えられないほど繰り返された。小さな音や大きな音、様々な音を奏でながら何度も何度も死んだ。

 三度目の死。
 それは音もなく突然訪れ、何の音色を奏でることなく死んだ。





 蓬莱人の死について確かめたかった輝夜は、妹紅をここに付き添わせたのだ。
 そして、輝夜の考えた蓬莱人三度の死は間違ってはいなかった。それは妹紅の反応をみても明らか。
 妹紅は、大切な人を忘れてしまっていたのである。それはもはや死と同意義。
 死ぬことがない蓬莱人にとって、忘れられるということは滅多にない。だが、先に逝ってしまった人たちのことを、ずっと覚えているかといえばそうでもないのだ。
 何千年もの時が過ぎれば、忘れてしまうことだってある。付き合いが浅いなら、忘れてしまう時間も短くなるだろう。だが付き合いが深いと、そうそう忘れるものではない。現に霊夢や魔理沙、咲夜のことは覚えていた。
 なのに大切だった人を忘れてしまっていた。妹紅にとって、慧音は今まで生きてきた中でも、もっとも大切だった人だ。それなのに、忘れてしまっていたのである。
 だが、忘れた理由は至極簡単なことだった。
 大切だったからこそだ。大きな存在だったものが居なくなる。そのときの悲しみは、味わったものにしか理解できない。悲しみ続けたその結果、ある日突然忘れる。
 悲しみから逃れるために……。





 覚えのないはずの名前なのに、誰かすらも分らないというのに、上白沢慧音という名前を見ただけで目尻に涙が溜まる。妹紅には、それが何故だか分らなかった。溜まった涙はあっという間に溢れ出す。
「なんで……なんで涙なんか……」
 呟くが、涙は止まることはなく頬を濡らし続け、妹紅はわけも分らないまま墓石の前に立ち尽くすしかなかった。









 輝夜は、そんな妹紅をただ見つめていることしかできず、自ら考えた三度の死を確かめたことを後悔していた。妹紅が大切な人を忘れているということは、輝夜もまた大切な人を忘れている可能性は高いことになるからだ。
 だが、それは自分では確認するすべがない。誰が大切だったかすらもわからないのに、確認するすべなどないのだ。それに、もし輝夜が大切だった人の墓石の前に立ったとしても、妹紅のように涙は流さないかもしれない。
 だが輝夜は確信もしていた。恐らく自分も大切な人を忘れているだろうと。

 そう考えたとたん、ただ妹紅を後ろから見つめているだけの自分が居た堪れなくなり、輝夜は後ろからそっと妹紅を抱きしめた。訳も分らず涙を流し、悲しみにくれる友を慰めるため。それは自分自身を慰めるためでもあった。





 ――蓬莱人が一度死ぬ。

  気味が悪いと蔑まれ、

 ――蓬莱人が二度死ぬ。

  繰り返す死音を聞き続け、

 ――蓬莱人が三度死ぬ。

  気づかぬ間に積もった悲しみの山に埋もれる。

 全ては蓬莱の薬を飲んだ者に対する贖罪。







「妹紅、もう帰りましょう」
「……」
 泣き続ける妹紅の腕を、輝夜が引っ張る。
 来たときに通った道と同じなのに、その景色は全く違って映った。
 墓地から離れ、竹林の中へ。
 永遠亭へ帰るために、獣を道を進む。
 通りなれた道。
 その途中にあるものに、輝夜は気づくことなく素通りした。
 行きは立ち止まった場所。
 そこには、一つの墓石が立っていたのである。
 誰かが毎日来ているのか、綺麗に掃除をされている墓石には、今日も線香が添えられていた。
 だが輝夜がそれに気づくことはなく――。


 輝夜が通り過ぎた後、線香の煙は寂しそうにくゆるだけだった。




 
救いは必要ですか?
皆が救いを求めるなら手を差し伸べましょう。
幻想郷は全てを受け入れるのだから……。
香由知凪
作品情報
作品集:
最新
投稿日時:
2010/03/18 10:20:11
更新日時:
2010/03/18 10:20:11
評価:
12/12
POINT:
79
SPPOINT:
42
Rate:
1.60
1. 通常ポイント10点 お題ポイントフリーレス ■2010/03/21 02:51:34
最後の最後のオチ、輝夜の好きな誰かが死んでいたというオチは分かったけれど
慧音を忘れているという転は全く予想がつきませんでした。
妹紅が完全に忘れているというのもサイコーに切なくて羨ましい。
2. 通常ポイント7点 お題ポイントフリーレス 名前が無い程度の能力 ■2010/03/24 01:01:08
こいつはせつねー
3. 通常ポイント7点 お題ポイント5 じろー ■2010/03/25 16:30:10
強いトラウマに襲われた時に人は、防衛本能で記憶をなくすことがあると言われます。そう意味では、妹紅も輝夜も人の部分が残っているのでしょうかね。

音色という言葉を使っているので、色についての言及があった方がさらによくなったじゃないかなと思います。死音と言われても一口に想像は難しいので、その死を体現する視覚的な描写があれば、わかりやすくなるかもしれません。
4. 通常ポイント7点 お題ポイント6 ワタシ ■2010/03/26 00:02:31
まとまりがよく、すんなりと読める作品でした。
5. 通常ポイント10点 お題ポイント5 名前が無い程度の能力 ■2010/03/29 19:35:46
デレた。ついに二人がデレた。やった!てるもこだ!と喜んでいたら、しかしなんて悲しい事実。
思えば永遠亭が静かな時点で気づくべきでした……。
二人がカップリングとして出来上がるまで経緯をギャグに走らず真面目に考察すると
こういう結果になってしまうんでしょうか、そんな考えを起こさせる作品でした。
6. 通常ポイント4点 お題ポイント4 ぶるり ■2010/04/01 17:51:47
 蓬莱人は三度死ぬ、そして輝夜も三度死んでいる。妹紅と同じように。……と捉えたけど合ってますかね
 まぁいいや、それはそれとして。
 ストーリー自体は重く、読み応えがありました。ですが、文章が少し軽すぎる。
 もう少し文章を重く、また魅せ方をもうちょっと凝ってみると良いような気がします。
 あともう一歩で名作、そんな印象を受けました。
 
 お題に関して。
 蓬莱の薬、気味が悪い、死音、と明確な扱われ方をしています。
 まぁ、無難な使い方ではないでしょうか。特筆すべき点は無いかと存じます。
7. 通常ポイント6点 お題ポイント3 静かな部屋 ■2010/04/02 11:50:44
【内容のこと】
 まさに、幻想郷の一部を切り取ったかのような鮮やかな話でした。

>全ては蓬莱の薬を飲んだ者に対する贖罪。
ちょっと気になりました。「飲んだ者の贖罪」ではないでしょうか?

暗くて結構破滅的な話が好きだからというのもありますが、この話も好きです
【お題のこと】
「音」の使い方に違和感を覚えました。なんとなく、無理やり押し込んでいる気がしました。
「きみ」にいたっては、どこで使っていたのかも僕にはさっぱり
8. 通常ポイント7点 お題ポイント2 八重結界 ■2010/04/02 13:25:42
輝夜が忘れてしまったのは、永琳ではないかと思ってみたり。
どうやって死んだのかは謎ですが、それすら忘れているのだとすれば悲しい話。
9. 通常ポイント5点 お題ポイント5 飛び入り魚 ■2010/04/02 21:50:09
 三度というキャッチフレーズに振り回されている印象です。
 特に二、三つ目の死は本当に一度しかない死とはまだ言い切れないように思います。
 ここを練り上げて描写すると、よりよい物になっていた気がします。
 あるいは、三度の死に捕らわれず、大切な人を記憶から抹殺することに焦点をあててじっくりと描くのも良いかもしれません。
 しかし、語り口がどこか東方らしくて好きです。
10. 通常ポイント4点 お題ポイント3 時計屋 ■2010/04/02 22:12:05
お話自体は良く出来ていたと思います。
ただ、文章が読んでいて少し味気ないように感じました。
11. 通常ポイント8点 お題ポイント7 Ministery ■2010/04/02 22:20:37
あゝ無残。
責める事もできない寂しい話でした。
本当に、良くぞ書いてくれました。ありがとう。
12. 通常ポイント4点 お題ポイント2 K.M ■2010/04/02 22:32:34
『音』の使い方が今一つと感じたのでこの点数で。
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