落魄の少女

作品集: 最新 投稿日時: 2010/03/16 22:34:15 更新日時: 2010/04/04 00:28:54 評価: 11/12 POINT: 75 SPPOINT: 45 Rate: 1.67
 ◇ 零幕



 旅の剣客が薄暗い街道を往く。腕に覚えのあるその侍は、弟子という名の子分を二人引き連れていた。
 侍といっても、その者は腕っぷしだけが自慢の荒くれ者である。宿場では、刀をチラつかせて無銭飲食を繰り返し、
 店で勝手に騒ぎを起こしては、用心棒代として金を巻き上げる悪質な輩であった。

 その一行に向けて、街道脇の林から獲物を狙うように鋭い視線を送る者がいた。
 そして、相手が三人だと確認すると腰に備えた脇差を左手に握り、勢い良く三人の行く先に飛び出した。

「なんだ、童!」
 突然、目の前に現れた脇差を持つ子どもに対して、子分の一人がずいと前に出て得物に手を掛ける。
 そう、脇差を持って飛び出してきたのは、年端もいかぬ小さな子どもであった。
 髪は伸ばしっぱなしで腰まで広がっており、その姿はまるで獣のように見える。
 否、ボロ布のような服を身体に巻きつけて、裸足で鋭い眼光を飛ばす姿は獣そのものであった。
「先生の行く先を邪魔するとは、無礼な!」
 子どもが持っているのは、太刀よりも短い脇差。更に、相手が下の毛も生えぬ様な餓鬼では結果は見えている。
 子分が刀を抜いて子どもに斬りかかっても、侍は止める事もせず見世物を観るように下卑た笑いを浮かべていた。
 

 斬りかかった子分の首が空を舞うまでは。

「な、なん…」
 脇差から放たれた一閃は、大人と子どもの体格差や太刀と脇差のリーチ差を無視して、男の首を斬り飛ばした。
 子どもは、刃の抜き放たれた鞘を地面に放り投げて、ようやく口を開いた。

「次はどっちじゃ」
 子どもは飢えた野犬のように、残る二人に跳びかかる。もう一人の子分が、刀の柄に手をかけた瞬間、
 脇差がその男の手首を骨ごと斬り飛ばし、男がその痛みに絶叫を上げる前に、切り返しの刃が喉を掻っ切った。

「ば、化物か?」
 今まで何人もの人間を斬り殺してきた侍が、自分の腰ほどまでの背丈しかない子どもに戦慄している。
 侍が震え上がったのも無理はない。大人の腕を斬り落とすという所業は、剣術の優れた武士でなければ出来ない。
 それを脇差で、しかも子どもがやってのけたのだから。
 しかし、流石に腕に覚えがある侍は、気を昂らせて刀を抜いた。そして目の前の子どもに対して構えを取る。

「ちぇえい!」
 気合と共に侍が斬りかかろうとした瞬間、子どもの足がまるで手の様に地面の小石を掴んで、それを侍の顔面に投げつけた。
 侍が驚いて咄嗟に顔を背けた時には、子どもの脇差が心臓に突き刺さっていた。その動きは疾風の如き早さだ。
「が、餓鬼ィ…」
 侍は無様に吐血しながら、地に伏した。






 ◇ 壱幕





 りぃーん、りぃーん。

 季節外れの虫の音が響き渡る中、子どもは死体転がり死臭の満ちる街道に依然として留まっていた。

 侍の持っていた金になりそうな物や、刀を拾い集めていた子どもは、ふと自分の背後に人の気配を感じた。
 驚いた猫のように飛び跳ねて振り返ると、そこには先程まで影も形もなかった初老の男が立っていた。

「何奴!?いつからそこにいた」
 子どもの発した鋭く凛とした声に、初老の男は嬉しそうに笑顔で答えた。
「さっきからずっとおったよ。それより、…ついにお主にも儂が見えるようになったか!」

 その言葉に、子どもはすぐに男の全身を観察し、男の頭の後ろに一つの人魂が浮いている事に気付く。
「貴様、妖かしの類か?」
「うん?まあ、そんな類かの。だが、儂が見えるようになったお主も、ついに儂の側になったという事だ」
 男の言動に警戒しながらも、子どもはその男が上等な袴を着込み、腰の物も中々の業物だという事を目敏く見抜いていた。

「儂は自分の後継者選びの為に、ずっとお主を監視しておったのだ。まあ、儂が見えるようになった所で、
 お主はようやく第一関門は合格といった所かのう」
「なんじゃ、それは。知らん事を勝手に決めるなじじい」
 子どもの思考は既に、如何にして目の前の男を屠って、その金品を略奪するかに切り替わっていた。

 しかし、その殺気を感じ取ったのか、男は薄く笑みを浮かべてこう言い放った。
「…辞めておけ、儂は斬れんぞ」
「やってみるか?」

 殺気を剥き出しにして脇差を構えた子どもは、そこで自分の得物の刃が無くなっている事に気づいた。
 その折れた刃の断面は、砕けたというより刃物で斬られたように綺麗に無くなっていた。

「なんじゃこれは!?」
「はっはっはっ!儂がその刀を斬った事にも気づかなんだか!その得物でどうやって儂を斬る?」
 男はいつの間にか抜いた大太刀を鞘に収めながら心底面白そうに笑い、子どもは柄だけになった脇差を地面に投げ捨てた。

「化物め!妖かしの癖に剣術を使うのか」
「ほほう、お主の方がよっぽど人間から化物呼ばわりされとる様だがのぅ。そういえば、お主の名前はなんというのだ?」
 男の言葉に、子どもはフンと鼻を鳴らして唾を地面に吐き捨てた。

「名前など無いわ!生まれた時からこんな身分じゃ。それに、名乗るなら自分から名乗れ、じじい」
「おお、すまぬ。名乗っていなかったか。儂は妖忌という者だ。…しかし、名前が無いと此の先、不便だのう…」
 妖忌は顎から生えた立派な髭を弄りながら、思案した。その様子を見ながら子どもはケッとそっぽを向いた。

「妖忌じゃと?妖かしらしい、碌でもない響きじゃのう。それに貴様とはここで今生の別れじゃ!不便も糞もないわ」
 そう毒づいて、その場から離れようとする子どもに対して、妖忌は懐から一枚の紙を取り出して呼び止める。

「待て、第一関門突破の記念に儂からお主に名前をやろう」
 子どもは差し出された紙を面倒臭そうに、しかし興味ありげに受け取ってそこに書かれた文字を見た。

「…なんじゃこれは。わしは字が読めんのじゃ」
「『黄泉』と書いて『きみ』と読む。今日からお前は黄泉だ」
 黄泉は、その紙をあくまでも嫌々受け取ったが、その表情には僅かな嬉しさが滲み出ていた。

「妖かしから名前をつけられるとは、わしにはお似合いじゃな。折角だから受け取ってやろうかの」
「うむ。それでは、また会おうぞ黄泉よ。いずれは儂の息子になるやもしれんのだ、楽しみにしておる」
 そう言い残して、妖忌はフッとその場から姿を消した。血の臭いの充満する街道で黄泉はポツリと呟く。


「どうでもいいが、わしは女じゃ…」






 ◇ 弐幕






 真っ当な人の道を、最初から奪われたならば、奪い返し続けるだけ…

 黄泉はそう自分の心に言い聞かせて、修羅の道を進み続けた。

 街道に身を潜めて、通りかかった旅の者を襲撃する日々。脇差しか扱えなかった黄泉は、
 妖忌に脇差を折られたあの日から太刀の扱いにも挑戦し、その恐るべき天賦の才でそれを使いこなしていた。
 依然から敵の懐に飛び込んでの一撃必殺という戦法のみを繰り返していた黄泉は、
 太刀の扱いを覚えたことによって、更にその戦法に磨きをかけていた。

 ある日、奪った金が尽きかけた頃。黄泉が街道に身を潜めていると、一人の侍が黄泉の狩場を通りかかった。
 しかも、その侍は身分の高い者らしく、売り払えばしばらくは生活が出来そうな召し物と刀をその身に纏っていた。
 黄泉は舌なめずりをして、太刀を片手に侍の前に現れた。それを見た侍は、さして驚きもせずに刀の柄に手を添えた。

「君が、『辻童』だね?拙者は甲信一刀流、浅村慶之介。君の討伐を依頼された者だ」
 浅村は、人斬りとは思えないような柔和な語り口で黄泉に話しかけてきた。

「『辻童』?わしもそう呼ばれ、噂になる程度になったのか…」
「話には聞いていたが、驚いてしまうね。君のような元服も迎えていないような童が、辻斬りをしているなんて…」

 浅村は、構えをとりつつも更に話を続けたい様子だったが、黄泉にとって、話などはどうでも良かった。
 黄泉は乱暴に刀を振り回して、鞘から刃を引き抜くと両手で柄を握って上段に構えた。

「まあ、そう焦ることはない。君も名乗ってはくれないかな?」
「…流派はない、名は……黄泉だ」

 それを聞くと、浅村はニッコリと笑って腰を一段低く落とした。この時、黄泉は『居合』という構えの存在を知らなかったので、
 未だに鞘から刀を抜かない浅村を組み易し雑魚と誤認していた。

「…抜かぬなら、もう斬るぞ」
 それだけ言うと、黄泉は地を駆けて浅村の間合いに肉薄した。浅村は、柄を握る手に更に力を込めて瞬間を見計らった。
 そして、浅村は鞘から刀を抜き放った。神速の一閃は、人間に反応出来る早さではない。


 が、浅村の剣は空を切った。黄泉は、間合いに入る直前に突然、後ろに向かって飛び退いたのだ。
「む、無念…」

 そして、黄泉が飛び退くのと同時に黄泉の手から放たれた太刀は空中を一回転し、浅村の首に収まっていた。

「身体が勝手に、動きを止めよった…」
 今までに無い、自分の身体の動きに対して黄泉は動揺し、冷や汗を滝の様に流して棒立ちしていた。
 黄泉は経験や反応ではなく、魂の働きによってこの立ち会いを制したのだ。

 りぃーん、りぃーん。と虫の音のような綺麗な音が街道に響いた。

「ほう、ついに浅村君まで倒してしまったのか。これで更に、お主の魂の錬度が高まったのぅ」
 不意に、目の前に浮かび上がった妖忌に対して、黄泉は驚く事も忘れて尋ねた。
「魂の錬度?」
「そうだ、儂の息子になるのなら高い錬度の魂を持っていなければならん。更に言えば、お主は人を殺しすぎたから、
 それを覆す程のよほど高位な魂を持たなければならん。このままでは、人食い妖怪にでもなってしまうからの」
 妖忌の解説を聞いて、妖怪になるくらいなら上等だと思った黄泉であったが、その前に一つの訂正をしておこうと思った。

「おい、じじい、勘違いしているようだが、わしは女じゃぞ」
 黄泉のその言葉に、今まで厳格な老剣士という雰囲気を漂わせていた妖忌の顔貌が、道化のように固まる。


 そして、凍りついた顔を更に歪ませて大声を上げる。
「ぬ、ぬぁんだと〜!!お主、女なのか!?」
「…わしは一言も男じゃとはいっておらん」


 妖忌はずいっと黄泉に近寄ると、その股ぐらをがっしと掴んだ。
「わっ!何をする糞じじいっ!」
 慌てて飛び退いた黄泉に対し、その手に何の感触も無かった妖忌はフラフラとよろめきながら後退した。

「な、なんという事じゃ…。まさか、後継者候補が女子だったとは…いや、こうなったら一旦、黄泉を娘にして
 お嬢様のお世話係にし、改めて婿養子になる魂を探すと言うのは…う〜むむむ」

 一人で頭を抱える妖忌を無視して、黄泉は浅村の死体から良業物であろう刀を奪い取った。
 そこで、ふと黄泉の頭にある疑問が浮かんだ。黄泉は悶絶している妖忌に質問する。
「しかし、じじい。お前はわしなんかを養子にしてどうするつもりじゃ?こんな小汚い餓鬼を」
 その言葉に、妖忌は少し落ち着きを取り戻して咳払いをした。そして、まあ一応説明するか…と呟き、黄泉に向き直った。

「よいか、儂が家督を努める魂魄家は代々、『半人半霊』の家系。しかし、その半人半霊というのは現世で練度の高い魂を持った者が、
 あの世で許可を得て冥界に転生する時に成れる者。そこで、名誉ある魂魄家の半人半霊になる魂を持つ者を、儂が現世で探しとったわけだ」
「なるほど、全然分からんのう」
 妖忌の説明に首を傾げる事すら出来ないほど理解不能だった黄泉は、こうまとめる事にした。

「つまり、今まで通りにわしは斬り続ければいいんじゃな」
「…確かに真剣勝負で命のやり取りを重ねれば、魂は磨かれる。ただし、今のお主はただの辻斬り。其の様な殺人狂は妖怪に堕ちるだけだ。
 儂の娘になる程の魂の気高さを手に入れるには、もっと善徳を積まんといかん」
 その言葉に対して、黄泉は呆れ返った様子で浅村の死体を指さす。

「これだけ人殺しをしといて善徳じゃと?これから一生、仏門に没頭しても挽回はできんじゃろ、今更」
「…魂の錬度というのは、現世の善悪では図りきれぬところもある。戦を起こして多くの人を死に追いやっても、
 その功績を讃えられ、冥界で過ごされている御仁もおられる」
「…ふん、犬畜生にも劣るわしが…そんな立派な家人に成れるじゃと…?」

 黄泉は、ふと今までの自分の暮らし振りを思い出し、悲しみに襲われた。普通の少女であれば、農民ですら自分よりましな暮らしだろう。
 人を殺してその血肉をすするような、命がけの日々を送る自身の境遇に、黄泉はこの時初めて恨みを覚えた。

 そしてもし、目の前の妖忌の様な身分の家の娘に生まれていたら、今の自分はただの人斬りとして蔑まれず、
 剣の腕の立つ、父親にとっての自慢の娘に成れたのではないか?そんな考えが、ついつい浮かんでしまった。

 そんな心情を察してか、妖忌はふと優しい顔になった。
「…よし、お主が閻魔様より冥界行きを命じられた時、その時は儂の娘として転生するがいい」
「…誰も、貴様の娘になりたいとは言っとらん!」
 滲み出てきた涙を誤魔化す様に、黄泉は小石を妖忌に投げつける。その石は妖忌の腹に軽く当たって地面に落ちた。

「では、強制だな。無理矢理にお主の魂を、生まれてきた娘の半霊にしてやるわ!覚悟するが良い、は〜はっはっ〜!!」
 妖忌は大笑いしながら、また霞のように消えていった。黄泉は、鼻をすすりながら浅村の死体から金目の物をはぎ取り始めた。







 ◇ 間幕







 人の出入りの多い宿場町では、黄泉の様な薄汚い餓鬼が一人で彷徨いていても、気に留める者はいない。
 そこで、黄泉は奪い取った物を金に変えて、飯を食らって風呂に入り身体を休める。

 あまりに汚いまま行けば、周りの者が嫌がるだろうという気遣いは、黄泉の中にも存在した。
 黄泉は宿場町に入る前に、山を流れる清流によって身体を清めてきた。それでも、そのみすぼらしさは変わらなかった。

 馴染みの店の主人は、上等な刀や貴金属を定期的に仕入れてくる黄泉を、いいようにお得意様にしていた。
 女子が腰に刀を差している事についても、持ってくる『商品』に血糊がついている事にも、お互いに不干渉を貫いていた。
 黄泉は今日も、浅村から奪い取った金品と今まで自分が使ってきた太刀を店の主人に手渡して、賃金を受け取った。
 すると、珍しく主人が黄泉に話しかけてきた。

「へぇ、お嬢。この刀はまだ使えるようだけど、別の気に入った刀があったんですかい?」
 主人は、二十歳以上は年下であろう黄泉に対しても低姿勢である。黄泉に長く付き合ってきた経験から下手な事を言えば、
 自分の胴から首が離れる事は想像がつく為か、もしくは商人という身分がそうさせるのだろう。

「…良いじゃろ?これ」
 そういって黄泉は、無愛想に浅村の使っていた業物を主人に突き出す。主人はそれを見て唸った。

「こりゃあ、なかなかの業物ですなあ。今夜は…」
 そこまで言って、主人は凍りついた。黄泉はその反応を特に気にも留めずに、金を仕舞うと店から出て行ったが、
 主人の脳裏には、近頃流行っている辻斬りを討伐する為に、有名な剣客がこの宿場町近くにやってきた話が思い出されていた。

「ま、まさかあの餓鬼…。もしそうだとしたら、ただじゃあすまねえぞ…」

 店の主人のそんな不安を余所に、黄泉は久しぶりにまともな寝床が欲しくなって、宿屋に入った。
 といってもまともな宿屋では、帯刀した子どもを泊まらせてくれる事はあまりない。
 そこで黄泉は裏寂れた所にある、訳ありの浪人や咎人が泊まる宿にやってきた。

 布団にくるまって身を休めると、黄泉はあっという間に深い眠りに落ちていった。
 無理もない。斬り合いをして、人の目を避けて宿に入ったのは既に深夜、子どもの起きている時間ではない。


 眠りの中で、黄泉は昔の夢を見た。この宿場町を拠点として山篭りを始めた頃の夢だ。

 その日、獲物を探して林に身を潜めていた黄泉は、いきなり絶好の得物に遭遇した。
 なんと、華やかな着物を身に纏った女が一人で街道を歩いて来たのだ。

 何故か提灯も持たずに暗闇を歩いているのが少し気にかかったが、黄泉は一閃で女の首を撥ねる為に脇差を構えた。

 しかし、いざ襲い掛かろうとした時に、その女性の前に数人の男が立ちはだかった。

「へっへ…お姉さん、こんな所を一人で歩いてどうしたんだい?」
「おいらが送ってやろうか?…あの世までよ…ひゃっひゃっひゃ!」

(先を越された!)
 なんと、自分が襲いかかる前に女は他の野盗に出くわしてしまったのだ。これには黄泉も舌打ちをした。

「くっ、お金なら…お金ならありますので…どうか、ここを通して下さい…お願いします」

 女は、何を血迷ったか懐から包みを取り出して、それを差し出して野盗に懇願し始めた。しかし、無論そんな事が通じるような相手ではない。

「ひひ、折角だからよ。俺たちはアンタも頂こうってんだ」
「ぐへへ、無論そのお金も頂くがね」

 男たちの下卑た笑いを見ながら、黄泉は男たちが女を殺してから奇襲をかけて、男たちを皆殺しにするのが手っ取り早いと判断した。
 今すぐ出ていって、男たちと斬り合ってる間に女に逃げられてしまっては何の意味も無い。

「お、お願いします!着ているものも全て差し上げますから、この身だけは…」

 ある程度、高い身分であろう女は、野盗たちに対して頭を下げた。
 残念ながら、野盗たちには何をいっても無駄だと言うことが、その女には分からなかったらしい。

「喧しい女だな、もう斬っちまうか」
「けっ、俺は冷えた身体はゴメンだぜ」

 野盗が腰の刀を鞘から引き抜いた時、黄泉は自分でも気がつかない内に野盗たちの前に立ちはだかっていた。

「なんだ、小僧!?こんな時間に…まあ、見られちゃあ…貴様も斬らねばならんな」

 女に対する躊躇とは正反対に、黄泉に対しては悩む間もなく野盗たちは得物を取り出した。

「黙れっ、腐れ外道ども!」
 気合の咆哮と共に斬りかかった黄泉は、絶叫を上げさせる間もなく野盗たちを葬った。
 その惨劇を見て、女は悲鳴を上げる事もなくパクパクと口を上下させる事しか出来なかった。

 全員の死体の喉に、確認をするように持ち主の刀を突き刺し終えた黄泉は、女に振り返った。

「…どうした、逃げなくていいのか?」
「あ、あのああの…助けて頂いて、ありがとうございます…」

 女は、ガクガクと震える手をなんとか動かし、野盗たちに渡そうとした包みを黄泉に差し出した。

「…なんの真似じゃ…」
「あの、助けて頂いたお礼です…実は、この街道の先で…私の夫になる人が、待っているんです」

 なんと女は、駆け落ちに行く最中であったようだ。しかし、その時の黄泉にはその事について一切の感情が湧かなかった。

「助けたわけではないわ。斬りたかっただけの事じゃ…お前も逃げなければ斬ってしまうぞ」
「え?あ、あのでも…」
 なお、礼の包みを渡そうとする女に、黄泉は苛つきを感じた。

「早く消えろっ阿呆!斬るぞ!」
 威嚇するように、脇差を振り上げた黄泉に対して、女はようやくビクッと身体を震えさせて逃げ出した。

「ほ、本当にありがとうございました!」
 闇の向こうから聞こえてきた、最後の声を尻目に黄泉は野盗たちの荷物を物色し始めた。

「くそっ、碌なもんを持っとらんのう。こいつら…」
 何故に女が襲われた時に自分が咄嗟に飛び出したのか分からない、その苛つきをどこに向ければいいか分からないまま
 悪態をついて、黄泉はその日の狩りを終えた。


 夢はそこで途切れた。目を開けると、既に外は明るい。目を覚ました黄泉は、昨晩に見た夢をぼんやりと思い浮かべながら一言呟いた。

「あの女、ちゃんと旦那と会えたのじゃろうか…」







 ◇ 参幕







 雨の中、黄泉は山を走った。その脇腹からは鮮血が垂れ流され、雨でなかったら垂れ落ちた血によって追跡を容易にされたであろう。
 そう、黄泉は今、逃げている。大勢の農民から。竹槍を持って、餓鬼を殺せと追い立てる大勢の農民から。

 黄泉が辻斬りをする事によって、街道に人が寄りつかなくなった事や、高い身分にあった浅村慶之介が黄泉に殺された事により、
 いよいよもって本格的に黄泉を討伐する為に『御上』が動いたのである。
 上からの命によって、近隣の農民たちが強制的に黄泉を狩る為に駆り出されたのだ。

「ぐっ…痛いのう」
 一旦農民たちを撒いた黄泉は、大きな樹木に背を預けて座り込んだ。黄泉にとって庭であるこの山でも、多勢に無勢。
 多くの農民に数日間に渡って追い掛け回された挙句、ついに不覚を取って竹槍に腹を食い破られた。
 黄泉は、自分の脇腹を抑えながら歯を食いしばって痛みに耐えた。そして、止血の為にさらしをきつく巻いた。

「止まらんのう、血が…」
 自分も、元は農民の両親から生まれた事を知っている黄泉は、農民に刃を向ける事に躊躇をした。
 それは、自分が得ることの出来なかった幸せな家族の虚像が脳裏に浮かんだからか、もしくは最後の良心か。


 りぃーん、りぃーん。


「いよいよ、潮時かの?」
 突然現れた妖忌の言葉にも、黄泉はもはや動じることも無く、乱れた呼吸を静かに整えていた。

「まだまだ死なぬわ、このまま江戸まで逃げていこうかのぉ…」
「…山狩りは、この先もまだまだ続くぞ。農民を一人も殺さずに逃げられるのか?」
 妖忌の言うとおり、黄泉はここまで直接は農民の命を奪っていなかった。

「馬鹿をいえ。今までわしが何人殺してきたと思うておる?農民なんざ、何人でも斬り殺してやるわ…」
「そうか、では…最後の関門をお主に与えよう」

 妖忌はそういうと、懐から一本の竹筒を取り出した。
 竹筒の中には、一口飲めば極楽のまま天国へ連れていってくれる薬が溶かしてある。

「これには、飲むと楽になれる薬が入っておる。いよいよとなったら飲むが良い。ただし…本当に飲むのは諦めた時だ。
 これ以上は、もう生き残れないと思った時だ」

 妖忌に差し出された竹筒を受け取ると、黄泉はゆっくりと立ち上がった。

「恩に切る。今…思うと、生まれて此の方、剣を交えずに口を利いたのは、じじい…お前だけかもしれん」
「なんと、ではお主はまだ人間と口を利いたことがないのか。儂は半人半霊だからな、人間ではない。はっはっはっ」
 黄泉の言葉は揶揄であると分かりつつも、わざとおどけた言い方をした妖忌は、ふと黄泉の髪型が変わっている事に気づいた。
 黄泉は腰まで伸ばし放題だった髪を散切りにして、前髪を真っ直ぐに揃えていた。

「…お、そういえば、お主…髪を整えたな」
「流石に、あの髪は逃げるのに邪魔じゃからの…」
 そういいながら、黄泉は太刀の刀身を鏡代わりに自分の前髪を映し、整える様に指でいじくった。
 それを見て妖忌は、ようやく黄泉が年相応の女子らしい関心ごとを憶えたか、と感じた。

「その髪型、お主に似合っておるのぅ」

 その言葉に黄泉は、返事をせずに力なく微笑を作ると妖忌に背を向けて歩き出した。

「…ここからが正念場だぞ。これでお主がただの人斬りか、修羅を生き残る剣豪か決まる」
 剣豪というには、あまりにも小さな黄泉の背中を見送って、妖忌はそう呟いた。






 ◇ 間幕






 記憶の中にある両親の最後の姿は、村にやってきた落ち武者たちに嬲り殺しにされている姿。
 気がついた時には、自分の生まれ故郷は、戦に敗れた下級武士に略奪の為に蹂躙され尽くしていた。
 そして、米蔵に隠れて難を逃れた幼い自分は、森の中に逃げ込み命を拾った。

 それからは、戦で荒れ果てた土地を一人で生き延びた。最初は腐りかけた武士の死体から刀と鎧を引き剥がし、戦泥棒専門の商人に売り払った。
 そして、子どもと見るや持ち逃げをしたその商人を斬り殺した。不思議と、手に持った脇差は重くはなかった。

 次の犠牲者は、神社で寝泊まりをしている自分に下種な感情を抱いた、浪人集団だった。
 金をやる、と雀の涙のような銭を無理矢理握らせて、自分を物陰に連れ込もうとする男たちに対して、
 護身用に持っていた脇差は、幼い手に踊るように操られて、自分より倍以上の背丈の男たちを斬り刻んだ。

 子どもだからと油断している大人を斬る。身構えた大人と立ち会って斬る。腕に覚えのある剣客を斬る。
 こうした繰り返しで、黄泉は、瞬く間に人斬りとして早熟すぎる成長を果たした。


 そんな自分の、ほんの数年だけの半生を思い返して惚けていると、気づいた時には目の前に松明があった。


「いたぞーっ!」
 松明を持った農民と目があい、その男の大声が山に木霊する。黄泉は舌打ちして脱兎の如く逃げ出した。
 もう幾日も何も食べずに、まともに睡眠も出来ずに山を逃げ回っている。全ての限界が、幼い身体を逼迫していた。

「逃がさねえど!」
「囲め!囲め!」
 逃げた先で、すぐに別の農民集団に行く手を塞がれた黄泉は、周りを竹槍の切っ先に取り囲まれてしまった。
 一息ついた黄泉は、腰に提げた太刀を鞘からすらりと抜いた。

「死にたくなければ、去ね!」
 子どもの高く澄んだ、しかし迫力のある怒鳴り声に、農民はたじろいだ。しかし、何人かはそれでも怯まない。

「おめぇの首を持ってけば、年貢が軽くなるんだ…死ね…!」
「そうだ、人殺し!鬼畜生!死ね!!」
「殺せ、殺せぇ〜」
 農民たちは、黄泉に対する恐怖を和らげる為か、堰を切ったように口々に罵声を放った。

 最早、農民たちの目にも狂気が宿っていると感じた黄泉は、撤退を促す事を諦めて強行突破をする事にした。
 竹槍の切っ先をかわして、竹槍同士の合間に入れば、戦い慣れしていない農民などは、恐るるに足りない。

「動いたど!」
 黄泉が駆けると、農民は慌てふためいて悲鳴を上げながらも竹槍を黄泉に向けて突き出した。
 黄泉は太刀の切っ先で一本の竹槍をいなすと、そのまま農民の懐に突進をかました。

「ぐぼぁ!」
 子どもとはいえ全体重に加え、刀を振り回す程の膂力を叩きつけられた農民は、吐瀉物を散らしながら吹き飛んだ。

「逃げたどー!」

 農民の叫び声を背に、黄泉は目の前の崖から飛び降りた。一か八かだったが、幸い死ぬような高さではなかった。
 ただし無事で済むわけもなく、着地の衝撃によって塞ぎ掛けていた脇腹の傷が開き、血が滲み出てきた。

「…じじい…わしは…助けは求めんぞ…」
 黄泉は幽鬼のように足取りもおぼつかずにフラフラと、しかし目には生気の炎を灯して草木を掻き分けて進んだ。





 ◇ 四幕





 妖忌は、数日振りに自分の仕える西行寺家から暇を貰って黄泉の様子を見に来た。
 その日の空は蒼天、熱く照りつける太陽が木立の隙間を縫って降り注ぐもとに、…黄泉は居た。

 大木の根元に座り、樹にその身を預けている姿は、遊び疲れた子どもが休もうとして、そのまま眠ってしまったように見える。
 
 しかし、だらりと下がった力のない右手には妖忌の渡した竹筒が軽く握られ、その口からは涎が垂れていた。
 あれから、幾度の襲撃を受けたのであろう黄泉の身体には多くの傷があり、特に足に受けた一撃が歩行を困難にしたようだ。

「…なんと、弱い…無理もない。やはり、まだ十やそこらの童では…」
 目を伏せて、その場を立ち去ろうとした妖忌は、何かの違和感を感じてもう一度、黄泉の顔を見た。

「確かに事切れておる…が、しかし…なんだこの表情は…」

 妖忌の感じた通り、黄泉の死に顔は、壮絶な逃走の果てに自決して薬を飲んだ者の顔にしては穏やかでありすぎた。
 これではまるで、これからの希望に満ち溢れて眠っている子どものような顔だ。

「もしや…」
 妖忌は、気を集中させて黄泉が絶命した時の残留思念を読み取ろうとした。少し前に起こった事ならば残留思念が残っている。
 涎が乾いていない事からも、黄泉がここで絶命してから、まだそれほど時間は立っていないと妖忌は判断した。
 案の定、思念の読み取りに成功した彼の脳内には、数時間前の深い夜と思わしき場面が浮かび上がってきた。




― はっ、 はっ… はっ ! うわ!


 森を駆け抜けていた視界が、突然ひっくり返って夜空が視界に広がった。背中には、じっとりと濡れた土の感触が広がってきた。

―もう、無理なのか…?

 数日に渡る山狩りの結果、農民たちは黄泉の身体に、衰弱するに十分な傷を与える事に成功していた。

―嫌だ、ここで死んだら…また惨めな…いや、今よりも酷い…文字通り人を喰らう妖怪になってしまう。

 身を起こした彼女は、休憩をする為に樹木によりかかって息を整えた。足からの出血が酷く、踏み込みに使う利き足に力が入らない。


―これでもう、今日は

「人を斬ることもないな…」

 黄泉は立っていられなくなり、地面に腰を降ろした。遠くでは、農民たちの持つ松明の光がちらついている。

「見つかったら、終わりか…こんな死に方では…じじいの娘には…なれないな…」

―そうだ、わしもやり直せるんじゃ…立派な魂を持てたら…あの世でもう一度…

 樹木に寄りかかっていると、黄泉の眼眸に数日前の、妖忌に会ったときの情景がフラッシュバックしてきた。
 黄泉は、ふと思い出したように自分の懐をまさぐった。そして、妖忌からもらった竹筒を取り出した。

「あ、じじいがくれた…薬……確か飲めば楽になるって…」

―そうだ、これを飲んで楽になったら…元気になったら…逃げられる。


…ぃーん


「まずは、江戸にいって…そうだ、用心棒になろう。といっても、わしが斬ってきた様なゴロツキまがいじゃない…
 弱い奴らを守ってやる用心棒……皆に褒めてもらえるかもしれん…そうしたら…もし、死んでも」


―あの世に行ってから、じじいのところで、やり直せる。やり直すんじゃ、この人斬りの人生から、人を生かす人生に…



りぃーん。



―そういえば、じじいと剣を交えた事はないが…じじいはわしより強いじゃろうか。



りぃーん、りぃーん。



「ふふ、わしの気付かぬ内に、持っていた脇差の刃を斬り飛ばすくらいじゃからのぉ…」


 黄泉はやっとの思いで、竹筒の栓を抜くと、中に入った液体を口に含んだ。


―ありがとう、じじい…これでわしはもっと、生きられる…。お前の娘に相応しい立派な…魂を…


 黄泉の身体が温かい毛布に包まれたように上気してきた。


りぃーん、りぃーん。


―ぽかぽかする…気持ちいいのう。?…それにしても、さっきから虫の音が五月蝿いのう…

 その気持ちよさの中で、全身の痛みは消え、疲れは無くなり、そして…

―眠い…起きたら、全てが治っていそうだ…すごい薬だな、じじい…ありがとう、ありがとう…


 ぷつり


 そこで思念は消えて、妖忌の意識は黄泉の死体の前に戻ってきた。妖忌の瞳には、涙が湛えられていた。

「なんと…なんと無垢な…儂の言葉を、そのまま受け取って…生きようとしてあの薬を飲んだのか…」
 妖忌の見立てでは黄泉の腕前ならば、まず山狩りから逃げ切る事ができるはずであった。
 しかし、薬による自決という逃げ道を用意されても尚、耐え忍んで逃げ切れる精神力があるかを妖忌は知りたかった。
 その精神力の強さは魂の強さであるし、その試練を乗り越えることによって黄泉の魂は錬度を増すと考えていたのだ。

 そう、其の恐ろしい剣の腕前のせいで妖忌ですら錯覚していたが、黄泉はまだほんの子どもであった。
 自決の為に渡した薬を、傷を治す魔法の薬と勘違いしてもおかしくはない。それほど彼女の心は純粋だったのだ。




 ◇ 五幕




りぃーん、りぃーん。


「ここはどこだ?」

 黄泉は、石造りの長い階段の真ん中に立っていた。上を見上げても頂上は見えずに、振り返っても地上が見えない。
 更に、周りには人魂とおぼしき浮遊体がわんさかと動き回っている。そして、その人魂が虫の音のような音色を奏でていた。
 そこでようやく、黄泉は今まで虫の音だと思っていた音が、『あの世の音』であったという事に気がついた。

「…わしは…死んだのか…地獄かのぅ、ここは」

 黄泉には間際の記憶が無かった。
 憶えているのは暗闇の中から大勢の大人の手が迫り、自分の身体を切り裂いていく想起だった。


りぃーん、りぃーん。


「ここは、冥界の入り口…。そう、お主は霊体となってここまでやってきたのだ」
 頭上からの声に首を上げると、そこには妖忌がふわふわと浮いていた。

「じじい…」
「残念ながら、死んだ時点のお主の魂の錬度では…魂魄家の家系に入門することは出来ぬ」
 妖忌の言葉に、黄泉は分かっていたように悲しそうな笑顔を浮かべて溜息をついた。

「まあ、そうじゃろな…、農民に追い掛け回されて死んだんじゃあ、箔がつかんしのぅ…」
「…だが、お主は冥界にやってこれた。此処なら魂だけの存在でも何百年と維持が出来る。
 お前に殺された浅村慶之介。彼は儂がお主と同時期に後継者候補に挙げていたのだが、彼も素晴らしい魂の持ち主だった。
 そこで、儂の息子には浅村君の魂を招待する事にした」

 黄泉は浅村に対して『おめでとう』と口中で呟いた。そして同時に、自分が冥界に来たといっても、
 ただ霊体として無為無策に存在するだけである事を悟った。どうせ魂魄家の半人半霊として生まれ変われないのならば…
 それならば、死んだ時にそのまま成仏させてくれれば良かったのに、とすら黄泉は思い始めていた。

 しかし、次の妖忌の言葉は、黄泉の沈んだ心を驚きで揺り動かした。
「そこでだ、黄泉。お主は、今日より此処で修行をするのだ。魂の錬度が魂魄家の裁量に足るまでな。
 そして、儂の息子が娘を生んだ時に…その時にお主の魂を魂魄家に迎え入れよう」
「えっ…それって…」
 黄泉の驚いた声には応えず、妖忌は次の要件へと移った。

「おぉそうだ、人間の名前は冥界では使えぬ。お主に霊体としての名前を与えよう」
 言いながら、妖忌は懐から再び一枚の紙を取り出して黄泉に渡した。

「お主は幼すぎる、魂が純粋な故に。成長して生まれ変わるまでこの名で居るが良い」
「『幼黄』……?」
 文字の読めない黄泉は困ったように、妖忌に視線を送った。

「『ようき』、だ。発音は儂と同じだのう。…魂魄家に転生する時には、お主の今の記憶は半霊に封印され、人格とは別の存在になる。
 ただし、魂はそのまま半人半霊に生まれ変わるのだ。その時には、儂ではなく我らがお仕えするお嬢様から名前を頂く事になるだろう」
「そうか、残念じゃ…わしは…その時もじじいから名前を付けてもらいたいがの…」
 黄泉は、妖忌から渡された紙を大事そうに両手で持ちながら、沈んだ顔で呟く。

「はっはっはっ!まあ何百年も後の話だ。霊体で居ると段々と現世での記憶が無くなっていく、故にその頃には儂の事も憶えてはおらんだろ」
「いや…妖忌、わしは貴方の事は忘れんじゃろう…魂だけの存在になったとしてもな」

 こうして、黄泉改め幼黄の霊体は冥界で永い間、ひっそりと修行をする事となったのだった。






 ◇ 余幕





 あら?こんな所にやたらと強い力を持った幽霊が居るわねぇ?
 …良い弾力だわぁ、えいえい


「…貴方は誰ですか?」


 へぇ、喋れるなんて!幽々子もいい幽霊を育ててるのねぇ。
 わたくしは、八雲紫。貴方のご主人様の友人よ。これから白玉楼に遊びに行きますの。


「白玉楼…私は、そこに行くために…ここで百年近く修行をしていました」


 それはご苦労様ねえ。貴方程の力があれば、もう幽々子付きの庭師にでも成れるんじゃないかしら?
 その時には今の貴方ではなく、新しい半人半霊として生まれ変わる事になるでしょうけど。


「それは、覚悟致しております。その様に祖父に教わりましたから」


 え?ああ、貴方…へぇ…随分、丸くなったのねえ。


「八雲様は、私をご存知なのですか?」


 ええ、貴方が冥界に入る時に、こわーい人からこっそり隠してあげたのよ。


「それは有難う御座いました。すみません、現世に近かった時の記憶はあまり残っていないもので」


 気にしなくていいわよ。冥界に百年も居て人間の頃の記憶が在る方が驚きだわ。


「そうですか…、ただ…祖父から髪を褒めてもらった事は憶えているのです」


 髪?でも幽霊になって永いから自分がどんな髪だったかも憶えていないでしょう?


「…はい、そうです。私の髪の何を褒められたのかも、忘れてしまいました」


 ふーん、じゃあ。お誕生祝いに私が見てあげましょうか?


「どのようにしてですか?」


 『あの世とこの世』の境界を弄ってあげるわ。一瞬だけ、貴方は人間の頃の姿形になる。


「…腐乱死体や白骨死体にならなければ良いのですが」


 大丈夫よ、そこら辺は任せなさい。はいっ


「八雲様、どうですか?」


 ふーん、分かったわ。じゃあ貴方が生まれて少し大きくなったら、私がこの髪型に整えてあげるわ。


「おお…なんと感謝を申し上げれば良いのか…。半人半霊になってもこの御恩は魂が忘れないでしょう」


 はいはい、どういたしまして。じゃあね、お誕生おめでとう。


「ありがとうございます。八雲様、道中お気をつけて」






 ◇ 終幕






「と、いうのが妖夢の誕生秘話なのよ〜」


「ええぇ〜!初耳ですよ、幽々子様!」


 妖夢は幽々子に食いかかるようにして、驚いた。それを見て、幽々子は嬉しそうに次の一言を放つ。


「ぜ〜んぶ、嘘よ♪」
「幽々子様〜」


 妖夢が人や霊を斬りたがる事があるのは、今の幽々子の戯言と何か関係があるのか?それは誰にも分からない。
 ただ一つ言えるのは、今日も白玉楼は平和であるという事だ。
最後まで「落魄の少女」を読んで頂きありがとうございました。

全く東方っぽくないSSを書いてみてもいいんじゃないかと思って書きました。
でも、個人的にこの話のような設定の解釈は、大胆すぎるので最後はあのようにしてお茶を濁しました(笑)

お題の扱いには悩みました。正直、反則ギリギリの薄い使い方になってしまいましたね。
特に「きみ」は苦し紛れに主人公の名前にしちゃうという。テーマというよりギミックになっちゃったなあ。


時代考証とかは全然やってません。というか私も果たして何時代のどこの話なのかを決めていません。
一応、妖忌が仕えた期間とかは考えて設定したんですが、現世の方は、まあファンタジーと言うコトで(笑)
刀や剣術に詳しい人からすれば、突っ込みどころ満載なのではないかという不安が…まぁご愛嬌で。

おまけ

紫  「妖夢、髪を切りに来たわよ。こっちにいらっしゃい」

妖夢 「紫様!なんで何時も私の髪を切りにいらっしゃるんですか??」

紫  「約束だもの、ねぇ」

妖夢 「??…はぁ」

幽々子「うーん、人の庭師を勝手に散髪しないで欲しいわね〜」

紫  「こればっかりは、私の『お仕事』ですから〜」

    チョキチョキ

妖夢 「はぁ、またいつもと同じ髪型になる…」


4月4日追記:
皆様、閲覧とご感想ありがとうございます!!
このSSは、プチコンペに一作目を投下した後に〆切まで時間があったので、書いてみたのですが
作品点は別の方より多く頂けたという…嬉しいやら何やらです。
ご感想への返信は随時行っていきます。それではコンペお疲れ様でした〜!
yunta
作品情報
作品集:
最新
投稿日時:
2010/03/16 22:34:15
更新日時:
2010/04/04 00:28:54
評価:
11/12
POINT:
75
SPPOINT:
45
Rate:
1.67
1. 通常ポイント6点 お題ポイントフリーレス ■2010/03/21 02:45:10
きみの使い方はともかく、話は良い話でした。
色々無理しすぎじゃね?と思わなくも無いけれど。でも、過去話はかくあるべきだなぁ、とも思いました。
2. 通常ポイント9点 お題ポイント8 藤田 ■2010/03/21 10:06:58
御馳走様でした、こういう話、非常に大好物で御座います。
個人的には最後のお茶濁しは要らなかったなぁと……。個人設定上等。やるならば最後まで逃げず、堂々としてもらいたかった。
この作品を非常に気に入ったからこそ、そう思います。
3. 通常ポイント10点 お題ポイント3 ワタシ ■2010/03/23 00:58:57
お題の部分はあまり絡んでませんが、重厚な文章で素直に読み入りました。
4. 通常ポイント4点 お題ポイント3 じろー ■2010/03/23 22:37:46
設定は面白かったと思います。ただ、最初の部分でリーチ差という言葉が出てきて、せっかく時代物を描いているのに、現代用語がでてきてしまってもったいないと思いました。
また、魂魄が音を奏でるという描写があったのですが、なんで、りぃーんという音なのでしょうか? 冥界での虫の霊は鳴かないのでその代わりでしょうか?
妖忌が黄泉を後継者に選ぶ動機が少し引っかかるのと、なぜ「よみ」ではなく、「きみ」なのか、ということが気になりました。
5. 通常ポイント10点 お題ポイント10 名前が無い程度の能力 ■2010/03/29 19:18:21
冒頭からしてオリキャラ、妖忌、過去話、と大変興味深い展開にわくわくさせられました。
短いながらもまるで長編小説を読んだような充足感。
そしてまさかの結末……あのマシュマロにこんなに清い人格が宿っているとは。

> 妖忌はずいっと黄泉に近寄ると〜
おいこらジジイ
6. 通常ポイント7点 お題ポイント3 静かな部屋 ■2010/04/02 11:48:41
【内容のこと】
 幻想郷のキャラクターの前日譚も楽しいですよね
30kbという制約がある中、ここまで重厚に仕上げたことがすごいと思いました。
とくに、黄泉の残留思念を妖忌が読み取るシーンが好きです
【お題のこと】
あとがきでも書かれていましたが、「きみ」の使い方がかなり無理やりでした。
「音」も、それほど効果的に使えているという感じではなかったかと。
「くすり」は正にキーアイテムとしての使用ですが、
全体的に、「お題重視」という感じじゃないですね
7. 通常ポイント7点 お題ポイント3 八重結界 ■2010/04/02 13:24:58
お題を名前にというのはどうかと思いましたが、それを補うだけの迫力を感じました。
個人的には妖夢であって欲しいと願う。
8. 通常ポイント6点 お題ポイント5 飛び入り魚 ■2010/04/02 21:50:36
 修羅でも薬を信じる少女のあどけなさがいいですね。
 修羅と少女との対比をさらに深めるとよりよくなりそうです。
 せっかくの二次創作。
 逆にもっと大胆な設定を創るというのもありかもしれません。
9. 通常ポイント4点 お題ポイント3 時計屋 ■2010/04/02 22:11:10
うーん、オリキャラを馴染ますにはあまりに短すぎたかも。
特に最後の死を悲劇的に見せるためには、
追いはぎの少女がどれだけ同情に値するか、
もっと深く掘り下げないといけないのではないでしょうか。
10. 通常ポイント4点 お題ポイント2 K.M ■2010/04/02 22:30:36
こういう変化球風味のSSもありと思います。
11. 通常ポイント8点 お題ポイント5 文鎮 ■2010/04/03 00:27:42
なかなか思い切った話の進め方に、お題の使い方。私は好きですよ。
ただ、黄泉の舌足らずな言葉遣いは少しうるさかったかもしれません。
こんな妖夢誕生秘話もいいものですね。何かにつけて切りまくる原因もなかなか。
12. フリーレス yunta ■2010/04/04 17:33:39
感想、評価ありがとうございます。コメント返しです。


絹さん
うーん。お題の使い方は正直…なってなかったと思います。上手く絡ませられると良かったのですが…
でも過去話についての共感を得ることが出来て大満足です!!

藤田さん
評価ありがとうございます!私も最初はそのまま終わろうかと思ったのですが、最後に幽々子を出そうとしたら、
「ゆるゆるとどっちか分からないのが東方っぽくね?」と思い立ち、このような形になりました。
今回はこういうオチで勘弁してください!

ワタシさん
うぐ、お題に関しては素直に受け止めます〜。文章の方で評価頂けたのはとても嬉しいです!

じろーさん
用語の統一に関しては…自身でもどうしようか悩んだのですが、あまりカチカチな書き方だとコンペ内では長い文章だから
読みにくいのかなあ、と思ってそのままにしたのですが…やはり違和感ありますね。ここは修正したいと思います。
音に関しては、すみません深い考えはないです…「東方妖々夢 〜 Ancient Temple」のりぃーんって鐘の音と霊魂みたいなのが
上がってくる演出を見て個人的に幽霊の音っぽいな、と思っていただけなのです…。
妖忌の動機に関しては描写が少なすぎましたね…、確かにこれでは分からないです。
黄泉の読み方については、単純にお題に使ったのと最後に「幼黄」にして読み方同じだね、という場面をやりたかっただけです…。
うーむ、こうして書いてみると薄い(笑)

名前が無い程度の能力さん
オリキャラメインで書くのは拒否反応あるのではないかと危惧していましたが、評価して頂けて幸いです。
頑張って修行したから清くなれたんですよ、多分。
…妖忌さんは候補者を絞りすぎてたから、女だと聞いてテンパったんです。許してやって下さい。

静かな部屋さん
残留思念を読み取るシーンは、―これとか空白を多用してたんですが、文字数削減の為に仕分けされてしまったので
ちょっと不安だったのですがお気に召して頂けて良かったです!
お題に関しては、完全に看破されてしまった…。話重視で書いていたので三題噺としては失格ですよね〜。反省。

八重結界さん
お題を名前に使うのは余り上手くないようですね。斬新かな〜と思ったのですが、逆効果みたいでした〜
萃夢想の妖夢はもしかしたら魂の人格が強く出たのかもしれませんね!

飛び入り魚さん
追い剥ぎしてるけど、根っからの悪人というわけじゃない。という部分をもっと入れ込めてたら良かったです。
設定に関しては、色々と冒険するのもアリみたいですね。参考になります〜

時計屋さん
ふむふむ、確かに短すぎるというのはあるかもしれませんね。尺にあったプロットを考えねば…。
勉強になります!

K.Mさん
自分でもかなり不安でしたが、割と評価も頂けたので安心しています。暴投しないように気をつけます。

文鎮さん
評価ありがとうございます!黄泉の言葉遣いは難しいですね…。女の子っぽいのは違うし多分江戸時代あたりだし…
ということで広島訛りっぽい感じにしたのですが読感にひっかかってしまうと意味ないですねぇ。色々と考えてみます。
名前 メール
評価 通常ポイント
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