犬猿短歌 Q&A
Q.犬猿短歌って、なんですか?
「犬猿(いぬざる)」は、いわゆる「二物衝撃」によって詩的飛躍を感じさせる短歌を自動生成するスクリプトです。ブログ歌人の佐々木あららがつくりました。このスクリプトがつくった短歌を「犬猿短歌」と呼んでいます。この名前は、内部構造が「犬パート」と「猿パート」とにわかれていることに由来します。猿というのはよく言われる「無限の猿定理」の猿を意識しています。猿パートに命令を与える部分は、ことわざの「犬猿(けんえん)の仲」をイメージして「犬」です。これらの呼び名は友人の歌人、仁尾智がつけてくれたものです。
Q.どういう仕組みですか?
犬猿の語彙は、あらかじめ、修飾部(s)・名詞部(m)・述部(j)の三つにわけ、さらにそれを音数別の袋(s3〜s7、m2〜m6、j3〜j8)に小わけして、「猿」に与えてあります。
「犬」はあらかじめ与えてある「短歌のレシピ集」から一つを無作為に選び出し、猿に投げつけます。
レシピ例1:"s5+m3+の+m2+j6+s3+m3+の+m3+j4"
レシピ例2:"s5+m2+j5+m4+は+s4+m2+j8"
猿は、犬から投げられたレシピを見て、指定された袋から単語カードを抜き出し、順に並べていきます。
例1:張りつめた(s5)+景色(m3)+の+闇(m2)+を見ていたら(j6)+浮かぶ(s3)+くじら(m3)+の+時間(m3)+になった(j4)
例2:あたたかい(s5)+君(m2)+へ逃げ込む(j5)+睡蓮(m4)+は+瀕死の(s4)+猿(m2)+を見つめ続ける(j8)
この犬と猿の永遠の流れ作業により、「二物衝撃による詩的飛躍」のある短歌が自動的に生まれます。
Q.二物衝撃って、なんですか?
短歌の世界でもよくこの言葉をつかいますが、もともとは俳句の世界で基本とされている考え方です。「二物衝突」「二句一章」「取り合わせ」などとも言うのですが、乱暴に言うと、異なった二つの言葉を組み合わせることで斬新なイメージを生み出そうとする手法です。
お笑いタレントの松本人志さんはこの「二物衝撃」を偶然で生じさせる「面雀(おもじゃん)」というゲームを考案し、深夜番組などで試みていました。Youtubeなどにその様子がアップロードされているかもしれません。興味ある方は探してみてください。
Q.星野しずるさんって、ナニモノなのですか?
犬猿短歌を発表する架空の歌人として「星野しずる」は誕生しました。女性という設定です。「題詠2008」に参加したのですが、残念ながら途中でやめてしまいました。歌をほめてくれた参加者も何人かいたのですが、彼女は題詠にはあまり向いていないようでした。「五音の名詞が苦手」など、好き嫌いが激しい子に育っているせいかもしれません。また、星野しずるの歌を眺め続けていると「酔う」のに似た状態になることも、途中で挫折した原因の一つです。
Q.「酔う」のですか?
星野しずるの歌を長時間、大量に読んでいると脳の調子が悪くなってくることがあり、この現象を「しずる酔い」と呼んでいます。短歌を読み慣れている歌人たちは、どんなに飛躍のある短歌でも無意識に、強引にでも理解しようと頭をフル回転させます。その結果、精神にちょっぴり悪い影響を与えてしまうようでした。
Q.星野しずるさんは、独特の語彙をどのように学んだのですか?
単語はまず、「現代短歌でよく目にする、いかにもな言葉」を思いつくまま入れました。そして、テストしていく中で、応用のききにくい単語を取り除いたり、家にある歌集で見かけた言葉を追加したり、存在感のある言葉をちょうどいい量に配合するなどして調整しました。テストに協力してくれた友人の歌人のアドバイスなども参考にしています。
現在の語彙は450〜500語です。「題詠2008」の時はもう少し多かったと思いますが、現在はあえて少なめにおさえています。語彙の豊富さと二物衝撃の面白さとはとくに関係がないということを確認したかったためです。一度に大量に読むと同じ単語がたくさん出てくる、という欠点を気にしなければ、おそらくもっと少ない語彙でもじゅうぶんでしょう。
Q.「短歌っぽいフォルム」の作成は、どのようにやっていったのですか?
先ほども言いましたが、フォルムは「レシピ」に則って処理されます。レシピは自動生成ではなく、僕が自分で書きました。常時15〜20種類ぐらい入れてあり、現在は初心者でもリズムに乗って読めるおとなしめの物を中心に揃えています。題詠をやっていた頃は、「字余り」「句またがり」などが発生する、よりマニアックなリズムのレシピも入れました。いくつかのルールに則ってリズムを守って書けばいいだけなので、レシピ自体を自動生成することも技術的には簡単です。でも、「リズムがワンパターンだ」という指摘がとても少ないことと、原始的な仕組みで動く面白さを重視して、そのままにしてあります。
Q.コンピュータで作品をつくることって珍しいのですか?
珍しくないと思います。技術的には難しくないことですから。人工知能系のプログラムとしては、いくらでもあるのではないでしょうか。先祖はマリー・ボロフの1971年の論文「Compute as Poet」にさかのぼります。論文の中でコンピュータにより生成された「IBM 7094-7040 DCSの瞑想」という詩が発表されています。池上嘉彦の本によく出てきますので、言語学をかじったことのある人なら聞いたことがあると思います。
ただし、犬猿は人工知能ではなく、文法処理アルゴリズムはあえて極限まで単純化してあります。というより、処理らしい処理は何もしていません。なので、犬猿短歌を見て、コンピュータの自然言語処理の問題点を指摘したりするのは少し論点がずれているかと思います。念のため。
なお、犬猿は歌人である青木麦生の「メカ麦」のスクリプトを参考にしているので、犬猿の父親は「メカ麦」と言ってもいいでしょう。
Q.これ、そもそもなんのためにつくったんですか?
僕はもともと、二物衝撃の技法に頼り、雰囲気や気分だけでつくられているかのような短歌に対して批判的です。そういう短歌を読むことは嫌いではないですが、詩的飛躍だけをいたずらに重視するのはおかしいと思っています。かつてなかった比喩が読みたければ、サイコロでも振って言葉を二つ決めてしまえばいい。意外性のある言葉の組み合わせが読みたければ、辞書をぱらぱらめくって、単語を適当に組み合わせてしまえばいい。読み手の解釈力が高ければ、わりとどんな詩的飛躍でも「あるかも」と受けとめられるはずだ……。そう考えていました。その考えが正しいのかどうか、検証したかったのが一番の動機です。
Q.実際につくってみて、どうでしたか?
読み手の解釈力に関しては、だいたい予想通りでした。数首から数十首に一首ぐらいは、読み手が詩の香りを感じてしまったり、意味のふくらみを感じとれるということがわかりました。僕自身、つくる前に想定していた以上に、星野しずるの短歌を「面白く」読んでいます。今は語彙をセーブしてあるため、たくさんつくらせると同じ単語が出てきて少々飽きがきますが、単語を多めに入れて、頻繁に入れ替えていた頃はそれもありませんでしたし。短歌を鑑賞する脳が期待していた以上に刺激されるため、詩的飛躍のある歌を詠む歌人は、もう彼女一人でお腹いっぱいという気持ちになることもあります。この手の短歌を詠むなら「星野しずる以上」をめざしてほしいし、そういう本当に斬新な短歌にもっと出会いたいと思っています。
Q.最後にひとことどうぞ。
星野しずるの短歌をたくさん読んでいくと、何首かに一首、はっとさせられる短歌を見つけることができると思います。人間ではつくれないような新鮮な暗喩をつかったり、時には逆に、まるで人間がつくったかのような深淵な意味が読み取れてしまう短歌も出てきます。まずはそのおもしろさを楽しんでほしいですね。その上で、人間の持つ「理解しようとしてしまう力」の潜在的な高さについて驚いたり、読み手依存型の創作の怖さに気づいたり、創造性がほんとうに発揮されねばならない場所とはどこなのか再考したりしていただければ幸いです。
